おもい)” の例文
この頃国勝手くにがっての議に同意していた人々のうち、津軽家の継嗣問題のために罪を獲たものがあって、かの議を唱えた抽斎らは肩身の狭いおもいをした。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
何じゃの、おらが嬢様におもいかかって煩悩ぼんのうが起きたのじゃの。うんにゃ、かくさっしゃるな、おらが目は赤くッても、白いか黒いかはちゃんと見える。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それから、その時の竜之助の姿が眼の前にちらついて、憎い憎いおもいが、いつしか色が変って妙なものになり行くのです。
時々胸からせぐりあげて来る涙を、強いておしつけようとしたが、どん底から衝動こみあげて来るような悲痛なおもいが、とめどもなく波だって来て為方がなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
好機は得離く失ひ易し、天気の変らざる内、明日にも出でゝおもいらし、年頭の回礼は、三日四日に繰送らんか。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
昨日きのう吉原町の幇間たいこもちがまいりまして、だん/″\の話の末全く花魁のおもいういうことになったのだから、足を切るには及ばない、叔母さんに詫ことをして
……神を知りつつもなおこれを神としてあがめず、感謝せず、そのおもいはむなしく、その愚なる心は暗くなれり
よしや惜しむとも惜しみて甲斐なくとどめて止まらねど、たとえば木匠こだくみの道は小なるにせよそれに一心の誠をゆだ生命いのちをかけて、欲も大概あらましは忘れ卑劣きたなおもいも起さず
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この旅はお種に不安なおもいいだかせた。何ということはなしに、彼女は心細くて心細くて成らなかった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あの頂き、あの楢や栗の生え茂った絶頂へ行って一休しよう、その辺の疎らな松木立の中に猪の鼻か松茸がひそんでいるかもしれないと想うおもいがぐんぐん力をつけて一層両脚を急がせてくる。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
へん! 殿様がきいてあきれらあ! あたしのおもいを届けてやるからそのかわりすきをうかがってお艶と見せて舟へ転げこんでくれ——あとのことは悪いようにはしないから、なんてうまいことを
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
清さんは何ともお思ひなさるまじく飛んだ隙潰ひまつぶしをしたなどと申しをられ候ふ事と存じ候、この始末後にて考へ候ふに、私にばちでも当つたのかお前様のおもいが通つてゐたのか
そめちがへ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
はじめてこの人ならばと思って、打明うちあけて言うと、しばらく黙ってひとみえて、私の顔を見ていたが、月夜に色の真紅しんくな花——きっと探しましょうと言って、——し、し、女のおもい
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その往昔むかし娘を思っていたおもいの深さを初めて知って、ああこんなにまで思い込んでいたものがよくあの時に無分別をもしなかったことだとよろこんでみたり、また、これほどに思い込んでいたものでも
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そのおもいが段々こうじて、朝から晩まで、寝てからも同一おんなじことを考えてて、どうしてもその了簡りょうけんがなおらないで、後暗いことはないけれど、なんに着け、に着け、ちょっとの間もそのおもいが離れやしない。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おもいこゝに至るごとに大王の為に流涕りゅうていせずんばあらざる也。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
わたくしは傾蓋けいがいふるきが如きおもいをした。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
枕に着かるるどころではありませぬ、ああ越中と越後と国は変っても、女のおもいは離れぬかとまさかに魂をことづかったとまでは、信じなかったのでありまするけれども、つくづく溜息をしたのであります。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちょうど二十日はつかの間、三七二十一日目の朝、おもいが届いてお宮の鰐口わにぐちすがりさえすれば、命の綱はつなげるんだけれども、婆に邪魔をされてこの坂が登れないでは、所詮こりゃたすからない、ええ悔しいな
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)