川柳せんりゅう)” の例文
既に川柳せんりゅうというものがあって、これは季に関係がなくしかも十七字詩である。が、その他にまだ独立して詩を成すべき余地がある。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ましてそういう、世の耳目に触れた記事を、取り入れないではおかない種類では、雑俳ざっぱいに、川柳せんりゅうに、軽口かるくちに、一口噺ひとくちばなしのがしはしなかった。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
川柳せんりゅうと、寄席よせと、浮世絵と、いろいろの影響があるけれど本山荻舟住居の段も、なにがしかのイメージになったかもしれない。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
昔は、川柳せんりゅうに、熊坂くまさかすねのあたりで、みいん、みいん。で、すすきすそには、蟋蟀こおろぎが鳴くばかり、幼児おなさごの目には鬼神きじんのお松だ。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
老眼鏡の力をたよりにそもそも自分がまだやなぎ風成かぜなりなぞと名乗って狂歌川柳せんりゅう口咏くちずさんでいた頃の草双紙くさぞうしから最近の随筆『用捨箱ようしゃばこ』なぞに至るまで
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
兵馬はなるほどくだらない人間だと思って、いいかげんに話していると、自分が川柳せんりゅうをやることだの雑俳ざっぱいの自慢だのを、新しそうな言葉で歯の浮くように吹聴ふいちょうする。
いたって貧乏なケチな店だったが、『金毘羅利生記こんぴらりしょうき』を出版してマンマと失敗した面胞にきびだらけの息子むすこが少しばかり貸本屋かしほんや学問をして都々逸どどいつ川柳せんりゅうの咄ぐらいは出来た。
吉原の鳶職は四番組で、江戸の川柳せんりゅうに「浅草に過ぎたる物が二つあり、じゃまとい、加藤大留」
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
十七字でさえあれば川柳せんりゅうも俳句も同じと思うほどののんきさ加減なれば、まして支那の詩を研究するでもなく西洋には詩というものがあるやらないやらそれもわからぬ文盲浅学
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
一人の例外なく蛇蝎視だかつしして、先生と呼ばれるほどのうそき、などの川柳せんりゅうをときどき雑誌の埋草うめくさに使っていましたが、あれほどお慕いしていた藤村先生の『ト』の字も口に出しませぬ。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
川柳せんりゅう割箸わりばしという身花嫁湯にはいり、紅毛人のことだからそんなしゃれたことは知らないが、なにしろあっちでもこっちでも、裸体の花嫁がはいったきり浴槽が寝棺になってしまうのだから
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
川柳せんりゅうに「女房の角を□□□でたゝき折り」でたちまち中も直りました。
狂歌川柳せんりゅうの俗気を愛する放蕩ほうとう背倫の遊民にのみいうべからざる興趣を催させる特種の景色である。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
漢詩の一部を除くのほか都々逸どどいつ端唄はうた川柳せんりゅうはもとよりのこと、長詩とか小説とかいうものに至るまでそれは季題などとは没交渉といってもさしつかえないのであります。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
もっとも後半の十幾年は、連載小説をのせるのと、時事川柳せんりゅうの選をするのだけが、お役目で、甚だズボラな存在であったが、新聞を愛することでは、絶対に人後に落ちない。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
十七字でさへあれば川柳せんりゅうも俳句も同じと思ふほどの、のんきさ加減なれば、まして支那の詩を研究するでもなく、西洋には詩といふものがあるやらないやらそれも分らぬ文盲浅学
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
徳川三百年、豊麗な、腰の丸み柔らかな、艶冶えんやな美女から、いつしか苦味をふくんだ凄艶せいえんな美女に転化している。和歌よりは俳句をよろこび、川柳せんりゅうになり、富本とみもとから新内節しんないぶしになった。
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
昨年、彼が借衣までして恋人に逢いに行ったという、そのときの彼の自嘲の川柳せんりゅうを二つ三つ左記して、この恐るべきお洒落童子の、ほんのあらましの短い紹介文を結ぶことに致しましょう。
おしゃれ童子 (新字新仮名) / 太宰治(著)
突然いきなり川柳せんりゅう折紙おりがみつきの、(あり)という鼻をひこつかせて
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
我は狂歌をもっ俳諧はいかいと『松の葉』所載の小唄こうたならびに後世の川柳せんりゅう都々一どどいつの種類を一括してこれを江戸時代もっぱら庶民の階級にありて発達したる近世俗語体の短詩としてつつあるなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一、滑稽こっけいもまた文学に属す。しかれども俳句の滑稽と川柳せんりゅうの滑稽とはおのずからその程度を異にす。川柳の滑稽は人をして抱腹ほうふく絶倒せしむるにあり。俳句の滑稽はその間に雅味がみあるを要す。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
おやという二字と無筆の親は言い。この川柳せんりゅうは、あわれである。
親という二字 (新字新仮名) / 太宰治(著)
僕一人の観て以て通俗となすもの世人果して然りとなすや否やいまだ知るべからざるなり。通俗の意はけだし世と共に変ずべきものなるべし。川柳せんりゅう都々逸どどいつは江戸時代にあつては通俗の文学なりき。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
しかし種彦は今更いまさらにどうとも仕様のないこの煩悶はんもんをばいても狂歌や川柳せんりゅうのように茶化してしまおうと思いながら、歩いて行く町のところどころに床几しょうぎを出した麦湯むぎゆねえさんたちのいやらしい風俗。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)