“位(ゐ)” の例文
併(しか)しながら、白状(はくじやう)する。此時代(このじだい)には、研究(けんきう)は第(だい)四か第(だい)五位(ゐ)で、第(だい)三は好奇心(かうきしん)であつた。第(だい)二は弄古的(ろうこてき)慾心(よくしん)?であつた。第(だい)一は實(じつ)に運動(うんどう)の目的(もくてき)であつた。
資本(もとで)に初めし醫者家業(いしやかげふ)傷寒論(しやうかんろん)は讀(よめ)ねども醫(い)は位(ゐ)なりとて衣服(いふく)で驚(おど)かし馬鹿にて付る藥迄(まで)舌(した)三寸の匙加減(さじかげん)でやつて退(のい)たる御醫者樣も斯(か)う成ては長棒(ながぼう)の駕(かご)より命(いのち)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ヘエ。「同じ牛でもどうも、五位(ゐ)の位(くらゐ)が附(つ)いたといふ事を聞きましたが全(まつ)たくでございますか。 ...
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
榛軒の書斎には三位(ゐ)の神像が安置してあつた。関羽、菅原道真、加藤清正である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それは外(ほか)でもない、小泉氏に従(じゆ)四位(ゐ)を贈るといふ事だ。
下野國(しもつけのくに)日光山(につくわうざん)に鎭座(ちんざ)まします東照大神(とうせうだいじん)より第八代の將軍(しやうぐん)有徳院吉宗公(いうとくゐんよしむねこう)と稱(しよう)し奉(たてま)つるは東照神君(とうせうしんくん)の十一男(なん)紀伊國(きいのくに)和歌山(わかやま)の城主(じやうしゆ)高(たか)五十五萬石を領(りやう)する從(じゆ)二位(ゐ)大納言光貞卿(だいなごんみつさだきやう)の三男(なん)にて幼名(えうみやう)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
余(よ)が藏品中(ざうひんちう)の第(だい)一位(ゐ)を占(し)めて、未(いま)だ一歩(ぽ)も下(さが)らずに居(ゐ)る。