不穏ふおん)” の例文
旧字:不穩
で——飢え死にするよりは、と何度も苦い経験のある一揆を、又ぞろ、繰返すらしい不穏ふおんさが、何十ヵ村の同じ痩せ村にうずいていた。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、大石殿ばかりではない、旧浅野家の浪人どもおいおい江戸に参着して、何やら不穏ふおんなことをたくらんでいるという風説もある。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
だが朝来ちょうらいの天候は不穏ふおんをつげ、黒雲が矢のようにとび、旋風せんぷうが林をたわめてものすごいうなりを伝える。と見るまに大粒おおつぶの雨が落ちてきた。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
まず駈けつけた地下鉄の中で、彼は、避難群衆に、不穏ふおんの気が、みなぎっていることを、逸早いちはやく見てとったのだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
どう今日きょう船出ふなで寿ことほったのもほんのつか、やや一ばかりもおかはなれたとおぼしきころから、天候てんこうにわかに不穏ふおん模様もようかわってしまいました。
かくばかり不穏ふおんなる精神も、実に如何なる厳粛げんしゅく敬虔けいけん幽静ゆうせい、崇高なる道念を発せしめたるか。吾人ごじんはその父兄に与うる書についてこれを知るを得るなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
平田氏の神経過敏と不眠症は容易に恢復かいふくしなかったけれど、心配した様な怨霊の祟らしいものもなく、又辻堂の息子の方にも何等不穏ふおんの形勢は見えなかった。
幽霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ひどく不穏ふおんな形勢で、いまに、帝都に戒厳令が施行せられるだろうとか何とか、そんなうわささえありました。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
続いて、「気違い、気違い」と云う私語・ささやき声が幻聴の如く、文麻呂の不穏ふおんな頭を乱し始める。……
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
事実におおうべからざるところのものなればなり。ゆえ本文ほんもん敵国の語、あるい不穏ふおんなりとて説をすものもあらんなれども、当時の実際より立論すれば敵の字を用いざるべからず
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
唯哲人ヘーゲルなるものありて、講壇の上に、無上普遍の真を伝ふると聞いて、向上求道ぐどうの念に切なるがため、壇下だんかに、わが不穏ふおん底の疑義を解釈せんと欲したる清浄心の発現にほかならず。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
此国には昔から一種熬々いらいらした不穏ふおんの気がただようて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
異状の天色てんしょくはますます不穏ふおんちょうを表せり。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いやしくもけいらは、戦いの後ろにあって、国内の安定と民心の戦意を励ます重要な職にありながら、何で先に立って、不穏ふおん流説るせつを行い、朝野の人心を惑わしめたか」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
弦三は、雷門の地下道にわだかま不穏ふおんな群衆のことを、この須田町の秩序正しい青年団に対比して、悪夢を見たように感じたのだった。しかし、それは果して夢であったろうか。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いわゆる「死すでに名無く生またものうし、英雄恨み有り蒼天に訴う」の如き、また以て彼が懊悩おうのうの情を察するに足らん。看よ、生またものうしの三字、如何に多量の不穏ふおんなる精神を含むか。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
……不穏ふおんな風の渡る音。山鴿やまばとの鳴く声さえも、途絶え勝ちだ。空模様もだんだんあやしくなって来る。燦然さんぜんまたたいていた星々も、あっちにひとつこっちにひとつとだんだん消え失せて行く………
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
しかりといえども彼はこれら資格の外に、なお特別の本色を有す、曰く、不穏ふおんの精神これなり。パスカルいえるあり、「もし人安んじて一室に静坐するを得ば、世上せじょう禍害の大部はきたらざるべし」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
去年こぞの暮、南都の大衆に、不穏ふおんのきざしありとかで、清盛入道は、重衡朝臣しげひらあそんをして三万余騎をさしむけ、またたくまに奈良の東大寺、興福寺をはじめ、伽藍がらん堂塔どうとうを焼きはらい、大乗小乗の聖教やら
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)