一盞いっさん)” の例文
見るとさいわい小家の主人は、まだ眠らずにいると見えて、ほのかな一盞いっさん燈火ともしびの光が、戸口に下げたすだれの隙から、軒先の月明とせめいでいた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
丹平がここに金之助に語りつつある、この黒旋風を驚かしたものは、智多星呉ちたせいご軍師の謀計でない、ただ一盞いっさんの白酒であった。——
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
武士もののふは道に心を残すまじ。草葉の露に足を濡らさじ」か……。ヤレヤレ……早よう小田原に着いて一盞いっさん傾けよう。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこへ辿たどりついて見ると、さいぜん言いつけておいた通りに、二階の一間が綺麗きれいに掃除されて、そこでまた一盞いっさんを傾けるように準備が整うていました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一盞いっさんの葡萄酒が、つぶされた彼の霊ををとろとろした酔いに誘って、がじがじした頭にほのかな火をつけてくれた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
要約すると、今朝の礼に一盞いっさん献じたいし、また話したいこともあるから、青山主膳宅までぜひ来て貰いたい、というのであった。伊兵衛はわくわくした。
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
わたしは書籍において獲た。ただ一盞いっさんの酒に酔う——このたのしみをわたしは密教の奥儀の酒をのんで味わった。
また小半の腕前もその年齢に似ずのぞみを嘱するに足るべき事はわたしもとくに認めていたので、その通り思う処を述べるとヨウさんはおもむろ一盞いっさんを傾けつつ事の次第を話した。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「大丈夫だろう……」孫兵衛は席へ戻って、手酌てじゃく一盞いっさんを、チビリとくちに鳴らしながら
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「この者の物語は、なかなか面白い。正直に申せば、わしだとて、そう言う根性は、無いとも言われぬかも知れぬ。まそっと詳しく、盗みの話をしてくれまいか。とにかく、一盞いっさんつかわそう」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「司令官をお訪ねしたら、『一盞いっさんやれ』と尊い葡萄酒を下されたんだ」
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「ただ別離の心尽くし、寿よわいを延べる菊の酒、常陸殿一盞いっさん傾けられよ」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
はばかり多い処から、「俳」を「杯」に改めた。が、一盞いっさん献ずるほどの、余裕も働きもないから、手酌で済ます、凡杯である。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大石に向って「こんど立合えば貴方の勝ちは明白である。御教授かたじけない」と、鄭重ていちょうに一礼し、おちかづきに一盞いっさんさしあげたいと云って、自分から奥へ案内した。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
藤吉郎の腹一つ切って、其許そこもとへも、また御主君へも、双方へお詫びする所存。それしかありません。……治郎左衛門どの、今夕は、おわかれの一盞いっさんもう。その後で、藤吉郎は自決する。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
当時柳橋やなぎばしにあった生稲いくいね一盞いっさんを傾けに行ったのです。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
二人は猪をパクつきながら、一盞いっさんを試みている。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
朋友なる給水工場の重役の宅で一盞いっさんすすめられて杯の遣取やりとりをする内に、めとるべき女房の身分に就いて、忠告と意見とが折合ず、血気の論とたしなめられながらも、耳朶みみたぶを赤うするまでに
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「酒興の冗談を本気にされては困る、もういいから泣くのは止めにせい——そして、面倒でなかったら又あの漬物を出してくれ、さかなの口を直してもう一盞いっさん馳走になろう、すっかりめたぞ」
嫁取り二代記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「ひさ野、つかれた。わしも酒を一盞いっさんまいろう。ひとついでくれい」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ま、よいわ。……夜食はおことらもここでせい。一盞いっさんもう」
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「話しが済んでからでよい、まず祝いに一盞いっさんするとしよう」
お磯が、晩酌の一盞いっさんしゃくしながら
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一盞いっさん、いただきましょう」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)