“みう”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
見受46.9%
身請28.1%
見得9.4%
乙卯3.1%
看得3.1%
薨3.1%
身売3.1%
身賣3.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
むろん例外(れいがい)はありましょうが、現在(げんざい)では数百年前(すうひゃくねんぜん)乃至(ないし)千年(ねん)二千年(ねん)前(ぜん)に帰幽(きゆう)した人霊(じんれい)が、守護霊(しゅごれい)として主(おも)に働(はたら)いているように見受(みう)けられます。
もし四、五百両ぐらいで、そっと八橋の身請(みう)けができるものならば、いっそそうした方が無事かも知れないと考えた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
朝(あさ)から晩(ばん)まで、昼(ひる)から夜(よる)まで——いや、そういう区別(くべつ)もなく、永久(えいきゅう)に、暗(くら)く、ただ、見得(みう)るかぎりの世界(せかい)というものは、切(き)り削(けず)られた赤土(あかつち)の断層(だんそう)の一部分(ぶぶん)と煉瓦(れんが)の堆積(たいせき)と、その割(わ)れめからわき出(だ)して
安政二年乙卯(みう)夏、仙台鳳谷小野寺謙刊行の蝦夷(えぞ)地図をみると、太平洋岸の内地からは下北半島の突端大畑港と佐井港から函館へ
橋あり舟ある運河の岸においてのみこれを看得(みう)るが、銀座日本橋の大通の如き平坦なる街路の眺望に至っては、われら不幸にしていまだ泰西(たいせい)の都市において経験したような感興を催さない。
二十八年冬十月、天皇の母弟倭彦命(やまとひこのみこと)薨(みう)せぬ。十一月倭彦命を身挟桃花坂(むさのつきさか)に葬る。こゝに近習の者を集へて、悉に生きながらにして陵域に埋め立つ。数日死なず、昼夜泣(いざ)ち吟(によ)ぶ。遂に死して爛臰(くちくさ)りぬ。
本朝変態葬礼史 (新字新仮名) / 中山太郎(著)
こゝも生活(くらし)には困(こま)つてゐたので、母(はゝ)の食料(しよくれう)をかせぐため、丁度(ちやうど)十八になつてゐたのを幸(さいは)ひ、周旋屋(しうせんや)の世話(せわ)で、その頃(ころ)新(あらた)にできた小岩(こいは)の売笑窟(ばいせうくつ)へ身売(みう)りをしたのである。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
末(すゑ)は何(なに)となる身(み)ぞ、兩親(れうしん)ありながら大目(おほめ)に見(み)てあらき詞(ことば)をかけたる事(こと)も無(な)く、樓(ろう)の主(あるじ)が大切(たいせつ)がる樣子(さま)も怪(あや)しきに、聞(き)けば養女(やうぢよ)にもあらず親戚(しんせき)にてはもとより無(な)く、姉(あね)なる人(ひと)が身賣(みう)りの當時(たうじ)
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)