“謐子”の読み方と例文
読み方割合
しづこ100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
清心院は糸魚川藩主松平日向守直春のぢよ、福井藩主松平越前守慶永よしながの養女、正弘の後妻謐子しづこで、此夫人には男四人、女七人の子があつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「徳今夕より中村某へ遣す、算術。」阿部正弘の継室謐子しづこの死が其二である。十月十八日の下に云く。「去五日清心院様御逝去被遊候由。」十一月六日の下に云く。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
阿部正弘は竜口たつのくち用邸にゐた。屋舎が倒れて正弘の夫人松平氏謐子しづこの侍女七人はこれに死した。正弘夫妻は幸に恙なきことを得て、正弘は直に登城した。当夜第一の登城者であつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)