饗宴きょうえん)” の例文
このふうは今でも正式の饗宴きょうえんには伝わっている。決してほこりだらけの刺身さしみ蒲鉾かまぼこを、むしゃむしゃ食うばかりが肴ではなかったのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
馭者台ぎょしゃだいには野兎のうさぎが長い耳をたらしてぶらさがっていたが、これは遠方の友人がこれから行われる饗宴きょうえんのために贈ったものであろう。
駅馬車 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
次の日の夕方、湖畔の焚火たきびを囲んでさかんな饗宴きょうえんが開かれた。大鍋おおなべの中では、羊や馬の肉に交って、哀れなシャクの肉もふつふつえていた。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
幼少のころ、高知こうちの城下から東に五六里離れた親類の何かの饗宴きょうえんに招かれ、泊まりがけの訪問に出かけたことが幾度かある。
映画時代 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その夜から牧瀬の庭を知り、その池の周囲の饗宴きょうえんを知つた。それは淡々とした味を持ちつゝ何となく気がかりの魅惑があつて、あとを引いた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
お祝いの饗宴きょうえんに連なりながら食堂の壁に描かれたたくさんのものをつくづくながめて、ひそかに消化の傷害をおこしたことは幾度も幾度もある。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
光り物と烈しい響音(天床裏を石臼いしうすでも転げるような)と哀哭あいこく悲鳴とが建物ぜんたいを包む、それは正に「化物どもが獲物を迎えて大饗宴きょうえんをひらく」
風流化物屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
やがて到達すべきピエル・フォンの「森蔭深き城砦の」饗宴きょうえんの卓を眼蓋の裏に描きながら、この猛烈な苦悶に殉じた。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
木部は燃えやすい心に葉子を焼くようにかきいだいて、葉子はまた才走った頭に木部の面影を軽く宿して、その一夜の饗宴きょうえんはさりげなく終わりを告げた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
手の休まった兵士たちは、血の流れた草の上で角力すもうをとった。神庫ほくらの裏の篠屋しのやでは、狩猟を終った饗宴きょうえんの準備のために、速成の鹿の漬物つけものが作られていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
その夜のさかんな饗宴きょうえんはいうまでもなかった。地方のが中央の大賓たいひんびることは、今も昔もかわりがない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
次いで貴族邸内部における饗宴きょうえんの模様に移り、饗宴の一つとしての入浴等に及んでいるのでありますが、これらの豪奢なる生活はことごとく羅馬における
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
この日の御饗宴きょうえんの席の折り詰めのお料理、かご詰めの菓子などは皆右大弁うだいべんが御命令によって作った物であった。
源氏物語:01 桐壺 (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼はただ饗宴きょうえんに招かれない局外者として、酔う事を禁じられたごとくに、また酔う事をまぬかれた人であった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蜘蛛くも饗宴きょうえん」が代表作だ。コロムビアの今はきストララムが自分の管弦団を指揮したのが佳作で、ストララムの記念的な意味もある(J七八三〇—一)。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
棟梁送りの饗宴きょうえんを張ろうとしていたのである。簡単な酒肴であったから、待つまでもなくならべられた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
当日、私は出て見ると、松尾邸では大層な饗宴きょうえんが開かれていました。主人役は松尾氏と若井氏、お客は協会の会頭および幹部はもとより、審査員の人々が皆来ている。
また一面、富豪ふごうが多数の来賓らいひんを招いて饗宴きょうえんする料理、体裁を主とした装飾料理があって、これもまた一種の日本料理として早くから発達し、その存在が許されている。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
長く悠々と居残ってその変態癖を遺憾いかんなく満喫し、「血の饗宴きょうえん」を楽しむだけの時間と四壁を持ったせいか、胸部腹部はなんら人体の原型をとどめておらず、室内は
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
だから彼は、その夜の饗宴きょうえんのことをすっかりたのんでしまった後で、ボーイに、ビールを所望した。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あまり熱心なのは、りっぱな饗宴きょうえんの美と楽しみとを殺す。熱中したもうな、諸君。食通グリモー・ド・ラ・レーニエールもタレーランの意見に賛成しているではないか。
饗宴きょうえんの合図の大砲が鳴っています。皆も待ちかねている事でしょう。一緒にまいりましょう。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
にわか造りの銅像や、石膏せっこう細工の天才の前での演説が、これほど多い時代はかつて見られなかった。仲間の偉大なだれかへ周期的に、光栄の居候いそうろうどもが饗宴きょうえんをささげていた。
其すら、引き続く供養饗宴きょうえんの疲れで、今日はまだ、遅い朝を、姿すら見せずにいる。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
そうして王氏は喜びのあまり、張氏の孫を上座に招じて、家姫かきを出したり、音楽を奏したり、盛な饗宴きょうえんを催したあげく、千金を寿じゅにしたとかいうことです。私はほとんど雀躍じゃくやくしました。
秋山図 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかしおれは未だに過去の忘却の饗宴きょうえんの席へつれられてはいないのかも知れない。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
ひと月おくれの八月の行事で、夏の短い雪国では言うまでもなく凋落ちょうらくの季節、本能の年の最後の饗宴きょうえんでもある。盆踊りは山の頂きのぶなに囲まれた神社の境内で、お綱も踊りに狂っていた。
禅僧 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
多分処女ではなかったらしい彼女の派手な結婚の支度したくや、三日にわたった饗宴きょうえんに金を惜しまなかった張り込み方を考えても、父の愛がどんなに彼女を思いたかぶらせたか想像できるのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それが今、眼がひらいてみれば、何といふ広い未知の世界がそこにはあつたことだらう! それまでは灰色の沙漠にひとしかつた運動場は、いまや少年にとつて音と色との饗宴きょうえんの場と化した。
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
学者らに心せよ、彼らは長き衣を着て歩むこと、市場にての敬礼、会堂の上座、饗宴きょうえんの上席を好み、また寡婦らの家を呑み、外見みえを造りて長き祈りをなす。その受くる審判はさらに厳しからん。
大臣の邸とは比べものにならない手狭てぜまな館ではあるけれども、一夕いっせき我が方へ臨席を仰いで饗宴きょうえんを催し、心の限りもてなしをして、感謝の念の萬分の一でも酌み取って貰えないであろうかと云うことも
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして、恐らく今晩あたり其の仔豚の饗宴きょうえんにあずかるであろうことも。但し、ラファエレにとって、それは余り楽しい食事ではなくなるだろう。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
心の大きい昔の人の伝統的な慣習や、封建時代の歓待ぶりや、王侯然とした饗宴きょうえんは滅びさり、それが行われた貴族の城や豪壮な荘園邸もそれと運命をともにした。
お勝は新しく茶を淹れ、菓子の鉢などをすすめて、笑いながら、お石の思いがけない饗宴きょうえんの話をした。
おれの女房 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
饗宴きょうえんの席からけ者にされたモーツァルトが雇人達やといにんたちと一緒に食事をさせられて、「雇人扱いにされた」という屈辱感と激怒のため酔っ払いのように蹌踉そうろうとして帰り
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
暦書が大陸から渡ってこなかった以前には、年のさかいみのりをもって目標としたろうとも言われている。近代においても必ず感謝の祭があり、また家々の饗宴きょうえんがあった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼は呼び寄せてある指導下の助手の料理人や、給仕の娘たちを指揮して、夫妻の饗宴きょうえんにかかった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
二十三日が仏事の最後の日で、六条院は狭いまでに夫人らが集まって住んでいるため、女王には自身だけの家のように思われる二条の院で賀の饗宴きょうえんを開くことにしてあった。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
ねえ、ポーニンさん、ともかくも、そのすじの奴等に雑草園をしらべられると困りますから、それを胡麻化ごまかすため、例の骨折賃ほねおりちん饗宴きょうえんを、すぐさま雑草園で始めてはどうでしょう。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
アンパンの饗宴きょうえんが初まった。煙草の曲喫きょくのみが初まった。餓えた中に物のあること!
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すべては、野のなかで行われる饗宴きょうえんを飾るためであった。そして、彼らを率いて先頭に立つのが、白髪赭顔しゃがんの隊長である相田清祐であった。陣羽織も野袴のばかまも折目ただしく端然としていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
その一晩の饗宴きょうえんは、にぎやかで快活で楽しいものだった。一座を支配する祖父の上きげんさは、すべてのものの基調となり、各人はほとんど百歳に近い老人のへだてない態度に調子を合わしていた。
この食事も、彼女たちのある者にとっては贅沢ぜいたく饗宴きょうえんであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
妖精たちが炉のまわりで饗宴きょうえんをもよおしているのではないかとのぞき見したい気になったかもしれない。
正月の二日は臨時の饗宴きょうえんを催すことになっていたために、忙しいふうをして源氏はきまり悪さを紛らせていた。親王がたも高官たちもほとんど皆六条院の新年宴会に出席した。
源氏物語:23 初音 (新字新仮名) / 紫式部(著)
饗宴きょうえんもしくは食物の供与を、アヘとっていたのも別の語ではないのかもしれぬ。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
まず吉岡どの自身の放埒ほうらつをあげ威福をほしいままにし、公法を犯して常に白小袖を着すこと。饗宴きょうえんに善美をつくし酒興遊楽にふけること。乱舞の者を召抱え、たかを飼うこと百羽を越えること。
質子ちし授受じゅじゅの公式的な対面がすむと、後、西十二畳の梅の間で饗宴きょうえんを営まれた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ドビュッシー歌曲集」は英国人のマジー・テイト(ソプラノ)がコルトーの伴奏で「はなやかな饗宴きょうえん」その他を歌っている。巧みな知的な歌い手だが、やはりフランス人の安らかさと情愛がない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
おといみ饗宴きょうえんのこと、その際の音楽者、舞い人の選定などは源氏の引き受けていることで、付帯して行なわれる仏事の日の経巻や仏像の製作、法事の僧たちへ出す布施ふせの衣服類
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)