食膳しょくぜん)” の例文
夜は母屋もやの囲炉裏ばたをおのれの働く場所として、主人らの食膳しょくぜんに上る野菜という野菜は皆この男の手造りにして来たものであった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
わざわざ一人前の食膳しょくぜんをこしらえさせるのが気の毒なくらいであったが、しかし静かで落ち着いてたいへんに気持ちがよかった。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
と云い、新八が立ちあがると、女は乱暴に夜具をたたみ、隅のほうへつくね、そして、押しやってあった食膳しょくぜんを、部屋のまん中へ据えた。
子路のしかばねししびしおにされたと聞くや、家中の塩漬類しおづけるいをことごとく捨てさせ、爾後じご、醢は一切食膳しょくぜんに上さなかったということである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
殿とのさまは、だまってうなずかれました。そして、そのから、殿とのさまの食膳しょくぜんには、そのちゃわんがそなえられたのであります。
殿さまの茶わん (新字新仮名) / 小川未明(著)
庸三が小さい時分食べて来た田舎いなかの食べ物のことなどを話すと、すぐそれが工夫されて、間もなく食膳しょくぜんに上るのだった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
貴人の食膳しょくぜんにはインド料理、ペルシア料理、ローマ料理の類までも珍重せられる。士女はみなきそうて西方の(恐らく準ギリシア風の)衣服をつけた。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
女房の不平を犯してまでも食膳しょくぜんのぼせる程のものを、庄造は自分で食べることか、リリーにばかり与えている。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
食膳しょくぜんに向って皿の数を味い尽すどころか元来どんな御馳走ごちそうが出たかハッキリと眼に映じない前にもう膳を引いて新らしいのを並べられたと同じ事であります。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
食膳しょくぜんに着くのにさえおきてのある、堅苦しい家に帰るのが何だか心細く、遠ざかり行く子供の声をはかない別れのように聞きながら一人で坂を上って黒門をはいった。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
……今、朝の光線で見ると、昨夜きずけた唇はひどく痛々しそうだった。やがて、母親が食膳しょくぜんを運んでくると妻は普段のようにはしをとった。だが、たちまち悲しげに顔をしかめた。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
そういう日に限って、女中達の心づくしか、食膳しょくぜんにはいつもより御馳走ごちそうが並ぶのであった。でも格太郎はこの一月ばかりというもの、おいしい御飯をたべたことがなかった。
お勢登場 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すぐ近くの空地に見すぼらしいいおりを作ってもらい、夫婦と猿の下僕はそこに住み、わずかな土地を耕して、食膳しょくぜんに供するに足るくらいの野菜を作り、ひまひまに亭主ていしゅ煙草たばこを刻み
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
やがて昼食おひるだったので、みんなと一緒に食膳しょくぜんについた。貧しい食事であった、が私はそれを山海の珍味のように味わった。少くとも食物がすらすらとのどもとを通るのを有難いと思った。
先ず店の間から順番に流し初めて最後が仏壇であった。仏間のお経の長さは格別だった。うんと省略してもらっても二十分はかかった。その間私たちや母は食膳しょくぜんを見つめている訳だった。
伺候した者の集まって来ていることが時々申し上げられても、疲れていて気分がよろしくないと仰せになって、夫人のへやから宮はお出にならなかった。お食膳しょくぜんがこちらの室へ運ばれて来た。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
食膳しょくぜんにでものせようとしていたらしくみえる、たべごろの焼きざかなでしたから、右門のまなこはらんらんと輝くと同時に、その口のあたりにはにたりと会心のみが浮かんで見られましたが、突然
もしも、これがなかったら、われわれは食膳しょくぜんに向かってはしを取り上げることもできないであろうし、門の敷居をまたぐこともできないであろう。
映画の世界像 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
若い家士が行燈に火をいれ、やがて食膳しょくぜんを運んで来た。粗末なものですが箸をつけて下さい、と云った。干魚を焼いたものに菜汁一椀の膳だった。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
風呂ふろへ入るとか、食膳しょくぜんに向かうとかいう場合に、どこにも妻の声も聞こえず、姿も見えないので、彼はふと片手がげたような心細さを感ずるのだったが
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
かつはしだいにんだ。そうして渇よりも恐ろしいひもじさが腹の中を荒して歩くようになった。余は寝ながら美くしい食膳しょくぜん何通なんとおりとなく想像でこしらえて、それを眼の前に並べて楽んでいた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
幸子達の姉妹は母が早くくなった関係上、晩年の父の食膳しょくぜんはべりながら毎夜相手をさせられたものなので、本家の姉の鶴子を初め、皆少しずつは行ける口であるところから、———そして
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
食膳しょくぜんも質素ではあるが朔日ついたち十五日には必ず赤の御飯をたいて出すほど家族同様な親切を見せ、かみさんのおすみがいったん引き受けた上は、どこまでも世話をするという顔つきでいてくれたが。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
魚貝のみならずいろいろな海草が国民日常の食膳しょくぜんをにぎわす、これらは西洋人の夢想もしないようないろいろのビタミンを含有しているらしい。
日本人の自然観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
頭痛がするだけでたいしたことではないからと、寝床をとらせてすぐ横になったが、夕餉ゆうげのときには起きだして、金之助といっしょに食膳しょくぜんに向った。
落ち梅記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
妻を失ってから、彼の食膳しょくぜんは妻のやり方を長いあいだ見て来ただけの、年喰いのチビの女中のやってつけの仕事だったので、はしを執るのがとかく憂鬱ゆううつでならなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そうして、今度ひとりで旅に出ると宿屋の食膳しょくぜんのおかずの食い方がわからないといったようなふうがあるのではないか。
さるかに合戦と桃太郎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
酒ぬきの、ごく質素な食膳しょくぜんを見たとき、折岩半之助はいやな顔をした。それはしつけの悪い喰べざかりの子供が、嫌いな物を出されたときの表情によく似ていた。
半之助祝言 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
手捷てばしこくそこらを掃除したり、朝飯の支度に気を配ったりしたが、寝恍ねぼけた様なしまりのない笑顔をして、女が起出して来る頃には、職人たちはみんな食膳しょくぜんを離れて、奥の工場で彼女のうわさなどをしながら
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その声を聞くと、そこまで食膳しょくぜんを運んで来た宿の女中が、その食膳を持ったまま逃げてしまうのであった。
ひとごろし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
われらの食膳しょくぜんの一部を食っている、わが家族の一員であるはずのこの猫が、蜥蜴とかげなどを食うのは他の家族の食膳全体を冒涜ぼうとくするような気がするというのかもしれない。
ねずみと猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
魚類などが食膳しょくぜんにのぼるのは、年に幾たびと数えるくらいのもので、それもたいてい自分で釣って来た。
雪と泥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
幾つもの火桶ひおけでうっとりするほど暖まった部屋、贅沢ぜいたくといってもよいくらい品数の多い色とりどりの食膳しょくぜん、そしてなんの苦労もなく憂いも悲しみも知らない親子兄弟の
日本婦道記:糸車 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
月見山の家に着いた夜、清三のために風呂がかれ、食膳しょくぜんには康子の手料理が並べられた。
須磨寺附近 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そうしたある夜のこと、菊枝ははじめて唐苣を採って食膳しょくぜんにのぼせてみた。
日本婦道記:不断草 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
食膳しょくぜんが片づくと、帯刀は少し酔が出たらしく、赤らんだ顔で茶を啜りながら、西沢はどうしているかと訊いた。べつにどういうこともない、無事にやっているがなぜだ、と隼人が問い返した。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その明くる朝、食膳しょくぜんを運んでゆくと、主計が縁側に立って庭を見ていた。
晩秋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
食膳しょくぜんにむかった彼は、妻のようすが朝とはかくべつ憔悴しょうすいしているのに気づいて、昨夜ねむっていないということを思いだした、夜を徹したからといって武家ではそうむざと昼寝をすることはできない
日本婦道記:梅咲きぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
食膳しょくぜんに向った時、源兵衛は婿の疲れた顔を見ながら訊いた
入婿十万両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
食膳しょくぜんはそのまま置いてあり、茶を持って来るようすもない。
日日平安 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それからまた顔を洗い、着替えをして食膳しょくぜんに向った。
四日のあやめ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
加代が支度のできた食膳しょくぜんを運んできた。
武道宵節句 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)