阿母おつか)” の例文
『マア然うですか、阿母おつかさんも御一緒に! ……それにしても立見さんの方よりは窮屈でない訳ですわねえ、当分の事ですから。』
札幌 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
長田氏の阿母おつかさんは、こんな考へで、今では洋食屋の前を通る時は、袖で鼻を押へて小走りにあたふた駈けぬける事にしてゐる。
『家が戀しくなつたんだな。……これからぐ歸へれば、夜半よなかまでには着くよ。……阿母おつかさんの顏も見られるし。おむこさんの顏もね。……』
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
阿母おつかさんにさう言れるから、私は不断はこらへてゐるのです。今日ばかり存分に言はして下さい。今日言はなかつたら言ふ時は有りませんよ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
阿父おとつさんや阿母おつかさんにもよろしく云つてください。病人も御覧の通りで、もう心配することはありませんから。」と、大野屋の伯母おばは云つた。
貴嬢あなたなにをおつしやいますいままでほど待遊まちあそばしたのにまたそんなことをヱお心持こゝろもちがおわるひのならおくすりをめしあがれ阿母おつかさまですか阿母おつかさまはうしろに。
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
阿母おつかさんの云はれるには、これもこんな身體に成つて、もう女として人並に家庭生活を營むことも出來ない。
「青白き夢」序 (旧字旧仮名) / 森田草平(著)
『お前にも阿母おつかさんにも迷惑めいわくは掛け無い。わしの友人ともだちが来て知らぬれ出したとお言ひ。』
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
皆さんが立派な奥様におなりなすつたり、阿母おつかさんにおなりなすつた御容子ごようすを拝見する程
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「だけど、阿母おつかさん、そりや阿父おとつさんが生きておいでだツたら、此様に世帶せたいの苦勞をしないでゐられるかも知れないけれども、其のかわりまた何様な苦勞かあるか知れたもんじやないのね。」
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「奥さん本所の阿母おつかさんが御病気ださうで。余程お悪いんですか。」
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
文学者の長田ながた秀雄、幹彦二氏の阿母おつかさんに妙な病気がある。妙な病気といふのは、洋食を食ふと、屹度赤痢になるといふのだ。
阿母おつかさん、柿はあゝやつて、自然ひとりでつてゐるんやおまへんか。人間に喰べさせようと思うて生つてゐるんやおますまい。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
旦那の又直ぐ後を、白地の浴衣を着た藤野さんの阿母おつかさん、何かしら手に持つた儘、火の様に熱した礫の道路を裸足で……
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
阿父おとつさんや阿母おつかさんの身になつたら、さう思ふのは無理も無いけれど、どうもこのままぢや私が気が済まないんですもの。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
こゝにるよお千代ちよ阿母おつかさんだよいゝかへわかつたかへおとつさんもお呼申よびまをしたよサアしつかりしてくすり一口ひとくちおあがりヱむねがくるしいアヽさうだらうこのマアあせ
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
今日けふは日曜なので阿母おつかさんが貢さんをおこさずにそつと寝かして置いた。で、貢さんの目覚めざめたのは朝の九時頃であつた。十歳に成る貢さんはひとり衣服きものを着替へて台所へ出て来た。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
それだから気がふさいだり、からだが悪くなつたりして、おとつさんや阿母おつかさんも心配するやうになるのだ。そんなことを忘れてしまふために、今夜は遅くなるまで歩かうぢやないか。
おしづさんが安倍能成君の紹介で、阿母おつかさんに連れられて私の許へ來たのは、今から恰度ちやうど六年前の春の末だつたらうと記憶してゐます。何でも其當座は毎日のやうに遣つて來ました。
「青白き夢」序 (旧字旧仮名) / 森田草平(著)
なくなりなさつた前の奥様を思ひ出しますよ、あれはゼームスさんて宣教師さんの寄進なされた洋琴で、梅子さんの阿母おつかさんの雪子さんとおつしやつた方が、それをおきなすつたのです
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
阿母おつかさん済まないけれど、二十円ばかり借りられないか知ら。」
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
ところが、このごろ長男の秀雄氏の結婚談が持上つてゐるので、阿母おつかさんはその披露の宴会を何処にしたものかと、今から頭痛に病んでゐる。
二人の小妹いもうとは、早く帰つて阿母おつかさんに知らせると言つて、足調あしなみ揃へてズン/\先に行く。松蔵は大跨にその後にいた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
御大家ごたいけのお孃樣……だか、奧樣だか、……阿母おつかさん……だか知らないが、お駕籠かごにでも召さないとお疲れになるんだね。』と、小池はひやゝかに笑つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
それもこれも知つてゐながら、阿父おとつさんを踏付にしたやうなおこなひを為るのは、阿母おつかさん能々よくよくの事だと思つて下さい。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
りやうさんは。りやうさんはおまへ枕元まくらもとにそらみぎはうにおいでなさるよ。阿母おつかさんりやうさんにおへりをねがつてください。何故なぜですかぼくては不都合ふつがふですかヱてもわるひことはあるまい。
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
耶蘇基督イエスクリストと云ふお方の御誕生日を、御一所にお祝ひたさうと思つたからです、貴所方あなたがたみんな生れなすつた日がある、其日になると、阿父おとつさんや、阿母おつかさんが、今日は誰の誕生日だからと
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
阿母おつかさんが裸体はだかの上から掛けてつたらしい赤い毛布はずれ落ちて居た。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
十吉 阿母おつかさん、このくらゐでよからうか。
箕輪の心中 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
「さう。阿母おつかさんも有つたの。」娘は護謨ごむ人形のやうに急に母親に飛びついた。「やつぱり往時むかしも今も同じだわねえ。」
『左樣、根治とはまあ行き難い病氣ですが、……何卒。』と信吾の莨を一本取り乍ら、『撒里矢爾酸曹達さるちるさんそうだ阿母おつかさんのお體に合ひました樣で……。』
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
お前のうちは昔から阿母おつかさんが東京好きで、長火鉢まで東京風のふちせまい奴を態々わざ/\取り寄せて、褞袍どてらなんか着込んで其の前へ新橋邊しんばしへん女將おかみさんみたいにして坐つてゐたが
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
教授某氏は、物心のつく時分から、一度けてみたくて仕方がなかつたが、その都度信心深い阿母おつかさんに止められて残り惜しさうに思ひとまつてゐた。
藤野さんは、其以前、村から十里とも隔たらぬ盛岡の市の学校にゐたといふ事で、近江屋の分家の、呉服屋をしてゐる新家しんけといふ家に、阿母おつかさんといふ人と二人で来てゐた。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「ええ、入つてたわ。あたし自分ではそんなに長らくとも思はなかつたけど……阿母おつかさん見てらしつたの。」
阿母おつかさんも酷いわね。迎ひなら昌作さんでなくたつて可いのに!』と独語の様に呟いた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「そんなに怖い目して見るのは厭!」娘はあまえたやうにかぶりをふつた。「ねえ、阿母おつかさん、阿母おつかさんも結婚ぜんうち阿父おとうさんと一緒に温室に入つた事があつて。」
阿母おつかさんから。』と低く言つて、二度許り歔欷すすりあげた。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
すると、近頃阿母おつかさんが亡くなつたので、教授は一七回向ゑかうを済ますと、直ぐ封を解きにかゝつた。
『だつて阿母おつかさんが那麽あんなに待つてますもの。』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
阿母おつかさんですか、阿母おつかさんは貴女あなた、亡くなりましてから、今日で三つき余りにもなりますよ。」