遠路とおみち)” の例文
と見て、知りつつ松崎は、俄然がぜんとして雲がいたか、とぎょっとした、——電車はあっても——本郷から遠路とおみちを掛けた当日。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「なるほど、これは拙者せっしゃがこのへんに暗いため、無益むえき遠路とおみちにつかれていたかも知れぬ。しかし、この激流を、馬で乗っきる場所があろうか」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遠路とおみち痩馬やせうまかした荷車が二輛にりょうも三輛も引続いて或時あるときは米俵或時は材木煉瓦れんがなぞ、重い荷物を坂道の頂きなる監獄署の裏門うちへと運び入れる。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
きのう遠路とおみちを歩いたので暑さにあたったのかも知れないと、小女の手前は誤魔かしていたが、彼女の頭のなかは云い知れない恐怖に埋められていた。
半七捕物帳:16 津の国屋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「私は気分が始終悪うございますから、そうした遠路とおみちをしましてまた悪くなるようなことがないかと心配ですから」
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「おのおの方は、あまりよく口を利きなさるからそれで疲れるのだろう、すべて険岨けんそを通る時や遠路とおみちをする時は、あまり口を利かない方がよいそうじゃ」
御承知のとおりな遠路とおみちなことじゃあるし、お民も不調法者で、したくも行き届かないが、まあ万事よろしく頼む——そうわたしは返事を書いてやったよ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「土踏まずのない足のことであります。足がのっぺらぼうでありますから遠路とおみちが叶いません」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
朝から内を出て、随分遠路とおみちを掛けた男は、不思議に遥々はるばると旅をして、広野の堂に、一人雨宿りをしたような気がして、里懐かしさ、人恋しさに堪えやらぬ。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いや、どうも年ばかりは取りたくないものさ。少し遠路とおみちでもいたすとぐにこの通りの始末で御座る。」
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その時、節子は岸本の胸に彼女の頭を押し当てて、この家を立ち去るに忍びないような柔かな表情を鏡に映して見せた。花見帰りの人達は間もなく遠路とおみちを疲れて戻って来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
内に寝ていてさえ空腹ひだるうてならぬ処へなまなか遠路とおみち歩行あるいたりゃ、腰はいたむ、呼吸いきは切れる、腹はる、精は尽きる、な、お前様、ほんにほんに九死一生で戻りやしたよ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「有るもので間に合わせて置こうじゃありませんか」とあによめは言ったが、岸本は遠路とおみちを通って来る彼女のことを思って、それに同じ縞柄しまがらの羽織とを彼女への贈物としたのであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「ええ。いつでも十時過ぎますよ。電車はありますがね、随分遠路とおみちですからね。」
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
節子は叔父の心配して造ってやったコートに身を包んで遠路とおみちを通って来るように成った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)