“辟”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
さ45.5%
つみ9.1%
のり9.1%
ひら9.1%
へき9.1%
め9.1%
サ9.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
これ無頼の小人。その衣冠も必ず盗み来たるもの。古廟に群がり睡るは、夜労して昼疲る。西瓜を劈(つんざ)くはもって蠅を辟(さ)くるなりと
周はすでに無実の罪に服して辟(つみ)につけられることになっていた。
成仙 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
民僻(よこしま)多き時は自ら辟(のり)を立つることなかれと。蓋(けだ)し、泄冶の場合にあてはまるようだな。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
轡(くつわ)を執っていた子貢が、いまだ子路を見ずしてこれを褒める理由を聞くと、孔子が答えた。已(すで)にその領域に入れば田疇(でんちゅう)ことごとく治まり草莱(そうらい)甚だ辟(ひら)け溝洫(こうきょく)は深く整っている。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
せぬかと申に彼町人は得たり賢(かしこ)しと夫は有難し直樣(すぐさま)御間(おあひ)仕つらんと是より後藤の側(そば)へ寄(より)献(さし)つ酬(さゝれ)つ飮合(のみあひ)いが其好む所に辟(へき)すとの如く後藤半四郎は自分が酒好(さけずき)故(ゆゑ)終(つひ)に此男と合口となりて忽ち互ひに打解(うちとけ)つゝ四方八方(よもやま)の物語りを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
独美は寛政四年に京都に出て、東洞院(ひがしのとういん)に住んだ。この時五十九歳であった。八年に徳川家斉(いえなり)に辟(め)されて、九年に江戸に入(い)り、駿河台(するがだい)に住んだ。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
……天つ宮事(ミヤゴト)もちて、大中臣、天つ金木(カナギ)を本うちきり、末うち断ちて、千座(チクラ)の置座(オキクラ)におき充(タラ)はして、天つ菅曾(スガソ)を本刈り断ち、末刈り切りて、八針にとり辟(サ)きて、天津祝詞の太祝詞事を宣れ。
日本文学の発生 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)