おび)” の例文
それはずいぶん恐ろしい……どうかして、うまくお角をおびき寄せる工夫はないか。ともかく、手紙をひとつ書いてみようではないか。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おびき出そうとしたが、雪のせいで腹が痛くて顔を出せなかった。今度来たら、キッと女房の下手人の顔を見定めてやるから——と
つまり左門は、頼母の血を、亡父の怨恨うらみの残っている紙帳へ注いでやろうと、紙帳間近まで、頼母をおびき寄せて来たのであった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
先生の所にいれば、隙があれば先生の持っている分を引きさらはうし、計事はかりごとで古田をおびき寄せて、彼を脅して原稿を出させる事も出来ます。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
彼がその衝に当って浴びせられた、てきぱきした質問の銃火は、彼からして一つの動物について考えていることをおびき出した。
丑満うしみつの刻をしめし合わせた二人は、まず清二郎が庭先へ忍んで撰十を置場へおびき入れ、そこで改めて仙太郎を徳松に仕立てて
かず、まず二人を城中で殺してから、次に孔明をおびき入れ、予定の目的を遂げるとしよう。——崔諒はそう肚を決めて
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おびき出す悪魔なんだからね! あのお馬鹿に来て欲しかつたのはもうずつと前のことだよ。今ではどうにかして殺してやりたいくらゐなんだから。
山間秘話 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
けっしてつかまえないという警察の保証をつけて犯人をおびき出し、その、のこのこ現われたところを子供と一緒に押えちまえばいいじゃないか、と。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
きっとあのブレインは何かの理由であの被害者を憎んでおったので、この庭へおびき出した上、私の剣で殺したんです。
そう言うことが出来るほど、彼岸の中日は、まるで何かを思いつめ、何かにおびかれたようになって、大空の日を追うて歩いた人たちがあったものである。
山越しの阿弥陀像の画因 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
それなれば検察官や覆面探偵はまんまとここまでおびきだされたばかりでなく、吸血の屍体をもって、ぬぐっても拭い切れない侮辱を与えられたわけだった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
お庄は芝居の書割りのなかにおびき入れられたような心持で、走る俥の上にじッと坐っていられなくなった。ふわふわするような胸の血が軽くおどっていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
味瓜畑から娘さんをおびきだして、土室のやうな黄色く重くるしいどこかの土手の窪みか、柔らかい青草の林の中に連れこまなければならないとあせりだした。
味瓜畑 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
それがやはり甥の当九郎がおびき出したのだ……という説もあったそうですが、しかし一方に源次郎氏はいつでも雪さえ見れば山に出かける習慣があったので
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「海か沙漠ならいざ知らず、東京及びその近郊では絶対不可能です。犯人はこの弱点を巧におさえているしたたか者、いかにすれば犯人をおびき出せるかが問題です」
鳩つかひ (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
一体あれをおびき出した牛込の姉が悪いんだ。靴を脱いで戸をあけると、部屋の空気がいやに冷たい。
公判 (新字旧仮名) / 平出修(著)
ういう処では迷う気遣いもないが、どうかすると右にも左にも、岩間を古苔の綿でふっくりと埋めた足触りの好い平らな尾根が顕れて、一行をおびき寄せようとする
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「深雪の操を破らさんでも、小藤次をおびき出して、首根っ子を押えりゃあ、それまでではないか」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
元就は、厳島に築城して、ここが毛利にとって大切な場所であるように見せかけ、ここへ陶の大軍をおびき寄せて、狭隘の地に於て、無二の一戦を試みようとしたのである。
厳島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そして、いよいよ画中の孔雀明王を推摩居士の面前におびき寄せたのだが……、そうすると支倉君、あの神通自在な供奉鳥は、忽ちに階段を下り、夢中の推摩居士に飛び掛かったのだよ
夢殿殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかし私はおびき寄せられるのがいやでした。ひとの手に乗るのは何よりも業腹ごうはらでした。叔父おじだまされた私は、これから先どんな事があっても、人には欺されまいと決心したのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「灯りでおびきよせるんだ。餌も何もいらないんだ。仮針でいくらでも引つかゝるんだ。」
夏ちかきころ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
が、あるいは三方から引包ひッつつんで、おびき出す一方口の土間は、さながら穽穴おとしあなとも思ったけれども、ままよ、あの二人にならどうともされろ!で、浅茅生へドンと下りた、勿論跣足はだしで。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこで、富三がもし生きていれば、どうせ悪い仲間に入っているに違いないから、おびきだせるだろうと思って、新聞に大袈裟に書いてもらったところ、果たして頭蓋骨を盗みにきました。
頭蓋骨の秘密 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
中川のすずきおびき出され、八月二十日の早天そうてんに、独り出で、小舟を浮べて終日釣りけるが、思はしき獲物も無く、潮加減さへ面白からざりければ、残り惜しくは思へども、早く見切りをつけ
釣好隠居の懺悔 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
インカは小人数の白人を自分の掌中へおびき寄せようとしているのだ、という土人の陳述をきいて、不安のあまり通弁の一人を偵察旁々使者に派遣したピサロにとっては、この山路への突入は
鎖国:日本の悲劇 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
嘘吐き、嘘吐き、真赤な嘘吐き、俺は何もかも知つて居る、私に切迫詰せつぱつまらして愈心中させる気だつたか、それとも淫蕩な夏の旅行に私をおびき寄せやうとしたのかを、どつちみち二つに一つだ。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
我が聖武天皇の御世に、吉志きしの火麿といふ者母を邪魔にして、山中におびき出して殺害せんとした時、俄に大地裂けて、火麿は裂目に陷りて悲鳴を擧げた。母は火麿の惡逆の仕業をも打ち忘れて
じたばたすると片端かたッぱしから踏殺すから左様心得ろ、手前らは己を此処へおびいて、俘虜とりこにして命を取ろうとしたたくみわなへ、故意わざと知って来たを気が附かんか、大篦棒おおべらぼうめ、ぐず/\すれば素首そっくびを打落すぞ
花の香気にほひは、いろんな昆虫をそこにおびきよせて、その力でもつて花の生殖を果すために存在してゐるに過ぎないが、その学者が研究を仕遂げるまでは、世間の人達は何の為めだとも解らなかつた。
「では、ここへおびして殺したとでも言うのですか?」
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
不自然な性の目覚めにおびき出された私である。
おびき出そうとする手段か、しからずば隊長を殺したと称して、我々を乱す計略に相違ない、使者の者を留めて置いて、再応仔細を糾問きゅうもんすべし
「えゝ、あの野郎め、未だやっと十六になったばかりの姪を手籠めにしやがって、挙句の果にどっかへおびき出して殺してしまいやがったんでさあ」
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
そこで屋敷へおびき入れ、奥の座敷へ通し置きました。田沼あたりの廻し者、……ではあるまいかとも存ぜられます、とな。そこでわしは隙見したのさ
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もちろん彼をおびき入れてしまいさえすれば、煮て喰おうと、焼いて喰おうと、孔明の運命はもうわがにありですから
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次は早速福屋へ乘込んで見ましたが、日も經つて居ることであり、行方不明になつた三人の兄妹が、何うしておびき出されたか、まるで見當が付きません。
味瓜畑から娘さんをおびきだして、土室のやうな黄色く重くるしいどこかの土手の窪みか、柔らかい青草の林の中に連れこまなければならないとあせりだした。
小熊秀雄全集-15:小説 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
半九郎が大声に仲間ちゅうげんを呼んで、雨戸を開けさせたので、そこから庭へおびき出そうとするのだが、右近は、五人に一人、広場へ出ては不利と見て、さそいに乗ろうとはしない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
おとりにして、牧の行方を知っている者をおびき出せばよい。わしに、任せておけ。吉さん、羨ましいな。お前さん方の、仲間の義理は——士が、お前さん方程の、意地と、義理とを
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
おびされると知りながら、彼女はついこういってき返さなければならなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
(ああさすがは老先生だ。捕物にかけては、まったく神だ。どうして、この二人が、あとからいて来るのを知って、巧々うまうまおびき寄せたのだろうか)
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まだ来る気か!」と叫んだが、浜路またもや馬をあおり、おびき寄せようと円陣の中を、ダクを踏むように歩ませた。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
平次は早速「福屋」へ乗込んでみましたが、日も経っていることであり、行方不明になった三人の兄妹きょうだいが、どうしておびき出されたか、まるで見当が付きません。
ほかの海では、船を捲き込んだり、おびき寄せたり、突き放したり、押し出したりして興がるのに、この平沙の海は、ずんずんと舟を岸へ持って来てしまいます。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「じゃ、我々を博覧会場におびき出して、更に鎌倉に行かせたのも、みんなその恐ろしい男の策略ですね」
してみると権力と金力とは自分の個性を貧乏人びんぼうにんより余計に、他人の上に押しかぶせるとか、または他人をその方面におびき寄せるとかいう点において、大変便宜べんぎな道具だと云わなければなりません。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
園絵さんとやらを旨アくおびして、何でございましょう殿様、その、芝の源助町の、納豆なっとう、じゃアない、ヤットウの先生の神保造酒、無形一刀流の町道場、そこへ引っぱって行けあよろしいんで。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
川中島へ信玄をおびき出したのもあの手であろう。何しろ精悍せいかんな人だとみえる。彼が自慢の小豆長光あずきながみつの長剣をわしは眼で見たいなどとはゆめ思わない。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)