はに)” の例文
停年教授はと見ていると、彼は見掛によらぬはにかみやと見えて、立つて何だか謝辞らしいことを述べたが、口籠ってよく分らなかった。
或教授の退職の辞 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
それを摘んで持って行ってやると、モオリーはそのたびに当惑したようなはにかんだような、なんともいえないふしぎな表情をうかべた。
南部の鼻曲り (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
吉良の妻女にすすめられると、すなおに盃も受け、吉良や兄が話しかけるとはにかんだりしないで、ごく自然におっとりと受け答えをした。
つばくろ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
云ってみれば、父がそうやっている私のことをなんにも知らずにいる、——それが私にそういうことを少しもはにかまずにさせていてくれた。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
村田珠光の作であるが、四百年も前に作られた庭であるとは思へないほど、親しい新しさがあり、小ぢんまりと纏まり令人のやうにはにかんで見えた。
京洛日記 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
二人は熱心に、笑ひながら、はにかみながら嬉しさうにささやいて居た。それから立ち上り、手をつないで行つてしまつた。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
とたちまち彼女はまともに相手の顔を見つめながら、勝ち誇ったような微笑をにっと浮かべる。アリョーシャはいっそうはにかんでれるのであった。
娘気の失せない内気なはにかみやで、たった六畳二た間に入口が二畳、それにお勝手という狭い家だが、ピカピカに磨かれて、土竈へっついから陽炎かげろうが立ちそう。
ぢいてえだな、おとつゝあ」と小聲こごゑげた。それから勘次かんじのぞいて、かぎはづして這入はひつた。與吉よきち見識みしらぬぢいさんがるのではにかんでおつぎのうしろかくれた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
こんなことではなか/\談話はなし口切くちきりにはなりませんでしたが、それでもあいちやんははにかみながら
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
この煙管きせるを手に入れたのは、思えば、ちょっと、自分にはにかむほど昔のことであった。わかい武士の血が、他方では、見栄みえに苦労する伊達者だてしゃとしてあらわれていたのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「ばかにまた地味づくりじゃないか」道太がわざと言うと、お絹は処女のようにはにかんでいた。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
父は、さつきからの様子でみると、南条己未男の申込みをむげに、一蹴する気持はないらしく、真喜の無関心は、たゞこの年頃の娘のはにかみ、乃至、見栄にすぎぬと思いこんでいるのである。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
「だって、この方が便利なんですもの。」と、はにかみながらいった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「ありがとう」白衣の怪老人は、少年のように、はにかんで応えた。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
少女はすこしもはにかまずに彼に答へてゐた。彼女の聲は、彼女の美しい眼つきを裏切るやうな、妙に咳枯しやがれた聲だつた。
燃ゆる頬 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
新婦は杓子面しゃくしづらのおツンさんで、欠点をさがしだそうとする満座の眼が、自分に集中しているのを意識しながら、おつにすまして、はにかもうともしない。
春雪 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼女はだれも知らない夜歩きが、こういう遠くの一つ家から見まもられていることに、はにかみと不思議さとを感じた。
玉章 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
あの小心で、はにかみやで、いつもストイツクに感情を隠す男が、その時顔色を変へてはげしく言つた。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
由利江はちょっとはにかんだように首を傾げ、じつはあの手鏡を頂きたいのですと云った。
落ち梅記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼女はもうとうから——この前のときから、アリョーシャが彼女にはにかんで、なるべく彼女のほうを見まいとしているのに気がついた。それが彼女にはひどくおもしろかったのだ。
「それ、そこはうまはつてこぼれらな」勘次かんじ先刻さつきから、おこつたやうなはにかんだやうな、なんだか落付おちつきわる手持てもちのないかほをして、かへつ自分じぶんをば凝然ぢいつもせぬ卯平うへいかられるやうに
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
少女はすこしもはにかまずに彼に答えていた。彼女の声は、彼女の美しい眼つきを裏切るような、妙に咳枯しゃがれた声だった。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
いきなり廃品ローズになった情けない青春で、恋愛だの結婚だのということは、とおのむかしに、あきらめているようだから、はにかみ笑いをしたくらいで
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「お前は何かすきなものがあったら言いなさい。買ってきて上げるから。」というと、かの女ははにかんで、れいのあどけない微笑をしながら、すぐには返事をしないでいた。
或る少女の死まで (新字新仮名) / 室生犀星(著)
松尾はまぶしそうにまたたきをしたが、さすがにいたずらなはにかみなどはみせなかった。
いさましい話 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
とたずねると、いよいよあかくなって、はにかんだような微笑をしてみせたのは、異様であった。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そしておようははにかんだような眼つきで、くすっと忍び笑いをもらした。
ひとでなし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
……笙子嬢はひどくはにかんで、俯向うつむいて、肩をすぼめるような姿勢で(これまでかつて見たことのない)嫋々なよなよとした身ごなしでそこへ坐り、しなしなと両手をつき、甘い、溶けるような声で云った。
半之助祝言 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)