“疏(そ)” の例文
明治四十二年再遊の際わたしは疏(そ)水工事の竣成と共に河原の夕涼の恰もその前年より廢止せられた事を聞き、此を惜しみ悲しむのあまり
十年振:一名京都紀行 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
邱処機が元の太祖に奏した疏(そ)に竜児の年三月日奏すとあり、元の時泰山に立てた碑に泰定鼠児の年、また至正猴児の年とあり
さて同じく詠ずるのでも、そこに差があって、『詩経』の魏風(ぎふう)の疏(そ)によると、楽器にあわせて詠ずるのが歌、伴奏なしで詠ずるのが謡であるといってある。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
前後大律並びに疏(そ)を講ずること四十遍、律抄を講ずること七十遍、軽重義を講ずること十遍、羯磨疏(かつましょ)を講ずること十遍、三学三乗に通じて、しかも真理を求めてやまなかった。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
故(ゆゑ)に主(しゆ)に愛(あい)せらるれば則(すなは)ち知(ち)當(あた)りて親(しん)を加(くは)へ、主(しゆ)に憎(にく)まるれば則(すなは)ち(一一〇)罪(つみ)當(あた)りて疏(そ)を加(くは)ふ。故(ゆゑ)に諫説(かんぜい)の士(し)は、(一一一)愛憎(あいぞう)の主(しゆ)を察(さつ)して而(しか)る後(のち)之(これ)に説(と)かざる可(べ)からざるなり。
前に疏(そ)を上(たてまつり)りて、諸藩を削るを諫(いさ)めたる高巍(こうぎ)は、言用いられず、事遂(つい)に発して天下動乱に至りたるを慨(なげ)き、書を上(たてまつり)りて、臣願わくは燕に使(つかい)して言うところあらんと請い、許されて燕に至り
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
帝は猶(なお)北方憂うるに足らずとして意(こころ)を文治に専らにし、儒臣方孝孺(ほうこうじゅ)等(ら)と周官の法度(ほうど)を討論して日を送る、此(この)間(かん)に於て監察御史(かんさつぎょし)韓郁(かんいく)(韓郁或(あるい)は康郁(こういく)に作る)というもの時事を憂いて疏(そ)を上(たてまつ)りぬ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)