かさ)” の例文
旧字:
その声には黄なのも、青いのも、赤いのも、黒いのもあるが互にかさなりかかって一種名状すべからざる音響を浴場内にみなぎらす。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私達はかさなりかさなった山々を眼の下に望むような場処へ来ていた。谷底はまだ明けきらない。遠い八ヶ岳は灰色に包まれ、その上に紅い雲が棚引たなびいた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この「バルコン」めきたるところの窓、打見るほどに開きて、少女のかしら三つ四つ、をりかさなりてこなたをのぞきしが、白き馬にりたりし人はあらざりき。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
例之たとへばわたしなんぞに、どうしてそんな事を考へなくてはならない義務があるのですか」と、ソロドフニコフは右の膝を左の膝の上にかさねて、卓の上に肘を撞きながら、嘲弄てうらうする調子で云つた。
上を下へとこんがらかって、かさなり合って
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
上を下へとこんがらかって、かさなり合って
冷眼れいがんに哲学や文学の上の動揺を見てゐる主人の翁は、同時に重い石を一つ一つ積みかさねて行くやうな科学者の労作にも、余所よそながら目を附けてゐるのである。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そうして奇麗な手をひざの上にかさねた。下にした手にも指輪を穿めている。上にした手にも指輪を穿めている。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
真木まき積みかさねて
のきに高くってある鸚鵡おうむ秦吉了いんこかご、下に置き並べてある白鳩しらはとや朝鮮鳩の籠などを眺めて、それから奥の方に幾段にも積みかさねてある小鳥の籠に目を移した。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
廊下伝ひに坐敷へ案内された三千代みちよは今代助の前にこしを掛けた。さうして奇麗な手をひざうへかさねた。したにした手にも指輪ゆびわ穿めてゐる。うへにした手にも指輪ゆびわ穿めてゐる。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
わたくしは少年の時、貸本屋の本を耽読たんどくした。貸本屋がおいの如くに積みかさねた本を背負って歩く時代の事である。その本は読本よみほん書本かきほん、人情本の三種を主としていた。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一抱えに余る柱を立て並べて造った大廈おおいえの奥深い広間に一間四方の炉を切らせて、炭火がおこしてある。その向うにしとねを三枚かさねて敷いて、山椒大夫はおしまずきにもたれている。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
大石が東京新聞を見てしまって、傍にかさねて置いてある、外の新聞二三枚の文学欄だけを拾読ひろいよみをする処へ、さっきの名刺の客が這入ってきた。二十二三の書生風の男である。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その訳は一学科毎に二冊あって、しかもそれを皆教場に持って出て、重要な事と、只参考になると思う事とを、聴きながら選り分けて、開いてかさねてある二冊へ、ペンで書く。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ちょうど岩のおもてに朝日が一面にさしている。安寿はかさなり合った岩の、風化した間に根をおろして、小さいすみれの咲いているのを見つけた。そしてそれを指さして厨子王に見せて言った。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それは緩急によってかさねて、比較的急ぐものを上にして置くのである。
あそび (新字新仮名) / 森鴎外(著)
炉の向い側にはしとね三枚をかさねて敷いて、山椒大夫がすわっている。大夫の赤顔が、座の右左にいてある炬火たてあかしを照り反して、燃えるようである。三郎は炭火の中から、赤く焼けている火筯ひばしを抜き出す。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
たてに積みかさねるよりは、上水じょうすゐ下水げすゐでも改良するが好からう
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)