溷濁こんだく)” の例文
陰鬱いんうつな事件です、人心が溷濁こんだくし、血で『一掃する』という文句が到るところに引用され、全生活が安逸コムフォートを旨とする現代のでき事です。
何が故に、此の溷濁こんだくなる社会を憤り、此の紛擾ふんぜうたる小人島騒動に激し、以て痛切なる声を思想界の一方に放つことを得ざるか。
兆民居士安くにかある (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
あかるいひかり滿ちた田圃たんぼ惑亂わくらん溷濁こんだくしたこゝろいだいてさびしく歩數あゆみんでかれは、玻璃器はりきみづかざして發見はつけんした一てん塵芥ごみであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
旅客機自体が溷濁こんだくしたものの中にすっぽりと沈みこんでしまい、うごめく雲の色のほか、なにひとつ眼に入るものもない。
雲の小径 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
時にはまたこんなところにと思はれるやうに溷濁こんだくした空気の中に、知らん顔をして芸術が蹲踞うずくまつてゐるやうなこともある。
黒猫 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
この偏光の度や配置を種々の天候の時に観測して見ると、それが空気の溷濁こんだくを起すようないわゆる塵埃の多少によって系統的に変化する事が分る。
塵埃と光 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
……その正木博士を奇怪にも、既に一箇月前に自殺していると明言した若林博士の意識溷濁こんだく的、心理状態の秘密……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
白眼の表面は、灰色の斑点はんてんで、殆どおおい尽され、黒目もそこひの様に溷濁こんだくして、虹彩こうさいがモヤモヤとぼやけて見えた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いつか縊死いしをしようとしたが、それから眼に見えて衰弱し、いまでは食事もとらず、意識もしだいに溷濁こんだくするばかりである、というようなことであった。
そんな風にして、とうとう巴里パリの半ばを横ぎって、セーヌ河岸がしまでやって来ると、暫く立ちどまって、その緩やかな、溷濁こんだくした水面をじっと見まもった。
碧眼 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
日蔭は日表ひなたとの対照で闇のようになってしまう。なんという雑多な溷濁こんだくだろう。そしてすべてそうしたことが日の当った風景を作りあげているのである。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
え? その時にも安死術を行ったのですって? いいえ、腸窒扶斯の重いのでして、意識が溷濁こんだくしておりましたから妻は何の苦痛もなく死んで行きました。
安死術 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
笹村はちょうどまた注射の後の血が溷濁こんだくしたようになって、頭が始終重くだるかった。酒も禁じられていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私は自分の中にある不純の分子や溷濁こんだくの残留物を知っているので時々自信を失いかけると、彼女はいつでも私の中にあるものを清らかな光に照らして見せてくれた。
智恵子の半生 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
彼は太い磨きのかかった淡紅色の大理石の円柱に片手をつき、千鶴子の現れるのを探しながらも、傍の真紀子の不機嫌さにホールの美しさも今は溷濁こんだくして感じられた。
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
世の溷濁こんだくと諸侯の無能と孔子の不遇とに対する憤懣ふんまん焦躁しょうそうを幾年か繰返くりかえした後、ようやくこの頃になって、漠然とながら、孔子及びそれに従う自分等の運命の意味が判りかけて来たようである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
溷濁こんだくした恋情と、ねばねばする空気……
古傷 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
ああ、アヴドーチャ・ロマーノヴナ、現代は何もかもが溷濁こんだくしてしまってるんですよ。もっとも、今までだって、特にきちんとしていたことはありませんがね。
私は自分の中にある不純の分子や溷濁こんだくの残留物を知つてゐるので時々自信を失ひかけると、彼女はいつでも私の中にあるものを清らかな光に照らして見せてくれた。
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
これはたぶんまつ毛のためやまた眼球光学系の溷濁こんだくのために生ずるものかと思われる。それで、事によると「火の玉」の正体がこれであったかもしれないとも思われる。
人魂の一つの場合 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かれ只管ひたすらひぢ瘡痍きず實際じつさいよりも幾倍いくばいはるかおも他人ひとにはせたい一しゆわからぬ心持こゝろもちつてた。寸暇すんかをもをしんだかれこゝろ從來これまでになく、自分じぶん損失そんしつかへりみる餘裕よゆうたぬほど惑亂わくらん溷濁こんだくしてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
久美子は重苦しい意識の溷濁こんだくの中で覚醒した。
肌色の月 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
不思議な事には巻物の初めの方に朽ち残った絵の色彩は眼のさめるほど美しく保存されているのに、後の方になるほど絵の具の色は溷濁こんだくして、次第に鈍い灰色を帯びている。
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そろそろ彼の心を圧迫し溷濁こんだくさせていた、たとえようもない嫌悪の情が、今はものすごく大きな形に成長して、はっきりその正体を示してきたので、彼は悩ましさに身の置場もないような気がした。
しか樹木じゆもく吸收きふしうして物質ぶつしつの一つちおよ空氣くうき還元くわんげんせしめようとしてすべてのこずゑからうばつて、いたところ空濶くうくわつかつ簡單かんたんにすることをこのふゆには、くぬぎ枯葉かれは錯雜さくざつし、溷濁こんだくしてえねばならぬ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)