添乳そえぢ)” の例文
小供は六畳のへ枕をならべて寝る。一間半のふすまを隔てて南向のへやには細君が数え年三つになる、めん子さんと添乳そえぢして横になる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お雪もその同情おもいやりに誘われて、子供に添乳そえぢをしながら泣いた。この二人の暗いところで流す涙を、三吉は黙って、遅くまで聞いた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と夫人は添乳そえぢをしながら考えて置いたプログラムに従って行動を開始した。進化論丈けならあのまゝにしても宜かったのだが、義兄からの電報がある。
或良人の惨敗 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
良人の留守をまもって添乳そえぢしていた梅軒の妻が唄っていたものであるのに、その伊勢なまりのある節がそのまま、美作みまさかの国吉野郷よしのごうの、武蔵の生れた故郷ふるさとで聞える。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
階下した添乳そえぢをしていたらしい、色はくすんだがつやのある、あいと紺、縦縞たてじまの南部のあわせ黒繻子くろじゅすの襟のなり、ふっくりとした乳房の線、幅細くくつろいで、昼夜帯の暗いのに、緩くまとうた
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ちゃんと時間になると、瓶に乳をしぼって玄関へ出してあるのです。いただきますと言って持ってくるんですが、奥さんは寝そべって添乳そえぢしてめったに出ていらっしゃりません。」
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
まだ納戸に居る女房のお常は、止めどのない涙にひたりながら、勘太郎の遺骸なきがらを、添乳そえぢでもするように抱き上げたっきり、血潮に染むのも構わず、誰が何と言っても離そうともしません。
そこで「とんとんとたたく妻戸を開けもせず……」という歌を読んでなじると、中の子供はまた「……母の添乳そえぢに……」どうとかこうとかいう歌を読んで返報をするというような話でありました。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
もし純粋に前者であるならば、我々は「つひに一夜ひとよさも家の下で寝たことのない」、そうして産後幾日も経ずして「雪の蒲団に添乳そえぢする」この旅の女に、こだわりなく同感することができるであろう。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
階下したの重い欅扉けやきどが、少しずつ、ガラ、ガラと開くような物音がしたのに、そのまま上がって来る者もない不気味な気配に、お袖は、添乳そえぢしていたお燕の寝顔をそっと離して——
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
犬張子いぬはりこが横に寝て、起上り小法師こぼしのころりとすわった、縁台に、はりもの板を斜めにして、添乳そえぢ衣紋えもんも繕わず、あねさんかぶりをかろくして、たすきがけの二の腕あたり、日ざしに惜気おしげなけれども
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とお雪はうるさそうに横に成って、添乳そえぢをしながら復た自分の着物を眺めた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして貧苦と添乳そえぢに疲れきって、くたくたに寝入っている母を「おいく、おいく」と
お縫は、奥の寝間で、園子に添乳そえぢしながら、案じていた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)