気丈きじょう)” の例文
旧字:氣丈
彼は最初の二三台を親のかたきでもねらうようにこわい眼つきで吟味ぎんみしたあと、少し心に余裕よゆうができるに連れて、腹の中がだんだん気丈きじょうになって来た。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
母親ヴァルヴァーラは三十五さいで初めて結婚けっこんした、気丈きじょうでヒステリックで野性的な、いわば典型的なロシアの女地主でした。
「はつ恋」解説 (新字新仮名) / 神西清(著)
妙光尼みょうこうには、だまってうなずいた。主君の寵があればある程、六人の子を擁して、人なかに生きてゆくことは、よほど気丈きじょうる。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、気丈きじょうなお老人としよりだから、夢中になっているようなようすは見せない。キャラコさんのほうも、ことさららしく話しかけたりするようなことはしない。
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
カトリーヌおばさんは一時間じかんおくれてやって来た。わたしたちはまだはげしく泣いていた。いちばん気丈きじょうなエチエネットすら今度の大波にはすっかり足をさらわれた。
気丈きじょうな母は良人の病が不治だということを知ると、毎晩家事が片づいてから農学校の学生に来てもらって、作文、習字、生理学、英語というようなものを勉強し始めた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
気丈きじょうなNさんは左の手にしっかり相手の手を抑えながら、「何です、失礼な。あたしはこの屋敷のものですから、そんなことをおしなさると、門番のじいやさんを呼びますよ」
春の夜 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
母人は気丈きじょうの人なれば振り返りあとを見送りたれば、親縁の人々の打ちしたる座敷の方へ近より行くと思うほどに、かの狂女のけたたましき声にて、おばあさんが来たと叫びたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
が、気丈きじょうな博士はまっさおになりながら、じっとそのふしぎなものを見つめていた。
と云いながら硯箱すゞりばこ引寄ひきよせますゆえ、おいさは泣々なく/\ふたを取り、なみだに墨をり流せば、手負ておいなれども気丈きじょうの丈助、金十万円の借用証書を認めて、印紙いんしって、実印じついんし、ほッ/\/\と息をつき
気丈きじょうな子でした、すぐにあり合わす木の枝を拾い取って振り上げると、猿どもは眼をき出し白い歯を突き出してキャッキャッと叫びながら、少女に飛びかかろうとして、物凄ものすごい光景になりましたが
「や、どうもお蔭様で有難うがす。なあにぶつかって見りゃあまるでたわいはありませんや。気丈きじょうだの、勝気だのと云ったって、女はやっぱり女でげす。からッきし、だらしも何もあった話じゃありません。」
幇間 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
気丈きじょうなので人に涙を見せないのであろうと、尼はなおさら可憐いとしがったが、政子は自分をいつわってはいないのである。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お婆様は気丈きじょうな方で甲斐々々かいがいしく世話をすますと、若者に向って心の底からお礼をいわれました。若者は挨拶あいさつの言葉もいわないような人で、ただ黙ってうなずいてばかりいました。
溺れかけた兄妹 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「思ったよりは、やつれてもいない。なかなか気丈きじょうそうな女子ですこと。——何か、お言葉をかけておやりなさい」
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼れは気丈きじょうにも転がりながらすっくと起き上った。直ぐ彼れの馬の所に飛んで行った。馬はまだ起きていなかった。後趾あとあしで反動を取って起きそうにしては、前脚を折って倒れてしまった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
さすが気丈きじょう怪童子かいどうじも、その一しゅんに、にわかにあたりがくらくなった心地ここちがして、名刀般若丸はんにゃまるをふりかぶったまま、五弓形ゆみなりくっして、ドーンとうしろへたおれてしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところが、色が黒うて、ただ男まさりな気丈きじょうと、体の逞しいのが取得とりえの乳母じゃ。それをいつも、奥女中たちにからかわれてな、何かにつけ、色の黒いを恥ろうてばかりおった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
松寿丸しょうじゅまるは、半兵衛重治しげはるともなわれて、この平井山の味方へ初陣ういじんとして加わって以来、もう幾たびか戦場も駈け、生れて初めて、鉄砲槍の中も歩き、わずかな間に、見ちがえるほど、気丈きじょうとなり
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
気丈きじょうではあり、むさくるしいのが嫌いなので、どんな朝でも、病室は清掃させ、そしてきよらかな朝の間の陽ざしをみに、縁近い南の端に黙然と疲れるまで坐っているのが、朝々の習慣のようだった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)