桶屋おけや)” の例文
樽屋たるや桶屋おけやの商売が我邦わがくににはじまったのは、はっきり何時いつからということはできないが、ともかくもそう古いころのことでないらしい。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「叔母御。——この腕白をご存じじゃろが。これは、二寺ふたつでらの宿で、桶屋おけやなどしていた遠縁の新左衛門が小伜こせがれで、市松というわっぱだが」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
桶屋おけや町の呉服店の軒灯のガラスに、その向かい側の家にともしてある楼上の灯光が、反射して起こりたるものなることが明らかに分かった。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
片手のてのひらにぎり込むを得る程の石にて打ち、恰も桶屋おけやが桶の籠を打ち込む時の如き有樣ありさまに、手をうごかし、次第次第しだい/″\に全形を作り上げしならん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
簡野は今でも城代家老をしているが、訪ねてゆくと左馬之助はすでに分家して、桶屋おけや町に住んでいるということだった。
百足ちがい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その当時、鶴見の仮寓の真向いは桶屋おけやだった。すこぶる勤勉な桶職で、夜明けがたからつちの音をとんとん立てていた。
かと思えば、桶屋おけやの息子の、竹を削って大桝形おおますがたに組みながら、せっせと小僧に手伝わして、しきりに紙をっているのがある。通りがかりの馬方と問答する。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
役所に遠いのを仮托かこつけに、猿楽町さるがくちょうの親の家を離れて四谷よつやかみの女の写真屋の二階に下宿した事もあった。神田の皆川町みながわちょう桶屋おけやの二階に同居した事もあった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
唐物屋とうぶつやだの呉服店ごふくてんなどに、どんなにきれいなものがかざってあっても、今の清造にはなんの興味きょうみもありません。金物屋かなものや桶屋おけやはそれ以上に用のないものでした。
清造と沼 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
薬屋の息子だの野武士だの桶屋おけやせがれから身を起して国持ちの大名になったが、なんとかこのへんで天下泰平、寝首を掻かれる心配なしに、親から子へ身代を渡し
家康 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
長女は北津軽のこの町の桶屋おけやとついでいる。焼かれる前は、かれは末娘とふたりで青森に住んでいた。
親という二字 (新字新仮名) / 太宰治(著)
加藤清正かとうきよまさ相生町あいおいちょう二丁目の横町に住んでいた。と言ってももちろん鎧武者よろいむしゃではない。ごく小さい桶屋おけやだった。しかし主人は標札によれば、加藤清正に違いなかった。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
見覚えのある場末の鍛冶屋かじや桶屋おけやが、二三月前の自分の生活を懐かしく想出させた。軒の低い家のなかには、そっちこっちに白いまゆられてあるのが目についた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そりゃ同名異人であれば結構ですがね、しかそれがお前さんとこの息子さんだったら、桶屋おけやさんに入った泥坊も多分あの人じゃないかなんて、村では噂をしているのよ。
情状酌量 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
といふ声がして、その方面へ子供が、わーつとわめき寄つて行つた。桶屋おけやの小僧の平太郎が蝙蝠の一ぴきを竿さおでうち落して、両翅りょうばねつまみ拡げ、友達のなかで得意顔をしてゐる。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
靴屋くつやが靴を作り、桶屋おけやが桶を作るように、黙って自分の仕事を、忠実にやってゆけばよいのです。だが、私どもの人生の旅路は、坦々たんたんたるアスファルトの鋪道ではありません。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
ポンポン桶をたたきながら黙って聞いていた桶屋おけやはこの時ちょっと自分のほうを見て変な目つきをしたが、「そしてその麝香じゃこうというのはその木の事かい、それともまた毛虫かい」
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
平次の好謔こうぎゃくは大助の生真面目さと相対し、平次の練達は、大助の若さに、そして平次は腹の底からの江戸の庶民であるのに対して、大助は桶屋おけやせがれであるにしても、名判官大岡越前守の用人で
アルブ街のテルムの邸宅は桶屋おけやの店になった。クリュニーのやしきの八角塔の平屋根の上には、ルイ十六世の時の海軍の天文学者であるメシエが観象台に使った板囲いの小屋が、まだ残って見えていた。
白銀町しろかねちょうにも古い人がくなってね、今じゃ桶屋おけやの元さんと煉瓦屋れんがやの大将と親方ぐれえな者だあな。こちとらあこうしてここで生れたもんだが、民さんなんざあ、どこから来たんだか分りゃしねえ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかもその桶屋おけやの業、すなわち竹をたがにして大きな桶や樽を結ぶ技術は、近世に入るまでは都会でも知られていなかった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「おれたちのうちさ、横丁の古い二戸建てなんだが、もと桶屋おけやが住んでたんだって、仕事場に使える板の間があるんだ」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もっともそれは、当時とうじからの腕白仲間わんぱくなかま鍛冶屋かじや虎之助とらのすけ桶屋おけやの市松などと、さしむかいでいる時にかぎってはいたが。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何としても、これは画工えかきさんのせいではない——桶屋おけや、鋳掛屋でもしたろうか?……静かに——それどころか!……震災ぜんには、十六七で、かれは博徒の小僧であった。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ここにその任命を公表すれば、桶屋おけやの子の平松ひらまつは陸軍少将、巡査の子の田宮たみやは陸軍大尉、小間物こまもの屋の子の小栗おぐりはただの工兵こうへい堀川保吉ほりかわやすきち地雷火じらいかである。地雷火は悪い役ではない。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もちろんこれは大風が吹いて桶屋おけやが喜ぶというのと同じ論法ではあるが、そうかと言ってそういうことが全然ないということの証明もまたはなはだ困難であることだけは確かである。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
お前さんの改心は本物だ、そこまで腹が定ったら今さらお仕置を受けるまでもない、わずかばかりだがその金を持って京へお出で、たこ薬師下る所に桶屋おけやがある
暗がりの乙松 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
オケヤゴメ 飛騨の高山附近など、あまり上等でない米を、特に桶屋おけやの支払のためにのけておいた。それが桶屋米である。桶屋は秋収の後に、そりいてこの米を集めに来た。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
一日暑い盛りに門へ出たら、木陰で桶屋おけや釣瓶つるべや桶のたがをはめていた。
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
桶屋おけやたこは、もううなって先へ飛んだろう。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
末っ子の伊三郎は桶屋おけやの職人で、これも世帯しょたいをもっている、ぐれたのはおめえだけだ、船宿の船頭ではいい腕だそうだが、喧嘩と博奕ばくちはやまず、女でいりはやまず
暴風雨の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それが桶屋おけやとか杉の皮をく者とかと対談している際に、不意に手がすべって杉の皮なり竹の輪の端が強く相手を打つと、人間という者は思わぬことをするから油断がならぬといって
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そこへ羅宇屋らうやが一人来て桶屋おけやのそばへ荷をおろす。
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
お奉行さまが要れば牢番ろうばんも要る、米屋も桶屋おけやも、棒手振ぼてふり紙屑かみくず買いも、みんなそれぞれに必要な職だ。
足軽奉公 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
桶屋おけやだったが、腕はよかった、仲間の職人からそねまれるくれえの仕事をした、浅草橋からこっちの番手桶は父でなくッちゃあならねえ、と云われたくれえなんだが、仏性で
嘘アつかねえ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
江戸京橋炭屋河岸の「やんぱち長屋」という裏店うらだなに、桶屋おけやの弥六という者が住んでいた。弥六は怠け者であった。それも大抵なくらいのものではない、人を愚する程度でもない。
ゆうれい貸屋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)