えつ)” の例文
ターネフはひとりでえつに入っている。実におそろしい破壊計画であった。こういう計画をたてる世界骸骨化がいこつかクラブの大司令は、鬼か魔か。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
此間蟒が酒をぶつかけた着物の仕立直しを持つて來た、おみつを、無理に自分の部屋に連れて來させて、野呂はえつに入つて居るのださうだ。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
えつに入った顔である。もう、あの女はどこへ持って行こうが、どうしようが、完全におれのものだと安んじているものらしい。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
池鰹鮒ちりう家の息女おえつかた、———後の松雪院しょうせついんは、河内介が多聞山の城に帰ってからまだ半年もたゝない永禄えいろく元年の三月に、桐生きりゅう家に輿入こしいれした。
「それは格好な人がある。私の姉えつが、今日まで独身にて私の家にいる。それに一軒持たして、幸吉を養子に、同時に戸主にしては如何いかがでしょう」
見物に交つた八五郎は、兩手りやうてを揉み合せて、獨りえつに入るのを、並んで見て居る平次が何遍ひぢで突いたかわかりません。
銭形平次捕物控:315 毒矢 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
これは五条の白拍子の、千山というのを胸へ寄らせ、えつに入っている坊主頭の、河越三河入道をニラメながら
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
日頃田崎と仲のよくない御飯焚ごはんたきのおえつは、田舎出の迷信家で、顔の色を変えてまで、お狐さまを殺すはおいえめに不吉である事を説き、田崎は主命しゅめいの尊さ
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
氏長はいよいよえつに入って、いっしょに歩いたが、しばらくして手を一度ぬこうとしたが、放さない。
大力物語 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
忠作は帳面と算盤を見比べながら、ひとりえつるのを、お絹は面白くもないかおをして
一と二〇で酒を一升買い、〇・三〇で干物とうぐいす豆と佃煮つくだにを買い、残りはかあさんに渡した。するとかあさんはえつにいって、岸がんのことを福の神だねえと云ったそうである。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼はえつに入ると、きまって口数が多くなるのだが、このときはなんとなく控え目にしているようであった。ドミトリイ・フョードロヴィッチのことなどは、おくびにも出さなかった。
此処ここが千両だ、と大きな眼を細くして彼はえつに入る。向うの畑で、本物の百姓が長柄の鍬で、後退あとしざりにサクを切るのを熟々つくづく眺めて、彼運動に現わるゝリズムが何とも云えぬ、と賞翫する。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そして其奴等の口眞似をして一人でえつに入つてるんだ、淫賣婦が馴染客に情死を迫られて、迯げ出すところを後から斬り附けられた記事へ、個人意識の強い近代的女性の標本だと書いた時は
我等の一団と彼 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
薔薇ばらの匂いに小鼻をうごめかしてはえつに入ったりするのであった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
義だ! 貞節だ! などというが、真善の小売りをしてえつに入っている販売人を見よ。人はいわゆる宗教さえもあがなうことができる。それは実のところたかの知れた倫理学を花や音楽で清めたもの。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
つまらぬことを考えて一人でえつっていた。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
彼は密かに陰険なえつを洩らして、投げ槍小六と金井一角の両助太刀を誘い出し、かねて足場まで見ておいた柳堤に身を隠した。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
○市中電車の雑沓と動揺に乗じ女客に対して種々なるたわむれをなすものあるは人の知る処なり。釣皮にぶらさがる女の袖口そでぐちより脇の下をそつと覗いて独りえつるものあり。
猥褻独問答 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
彼はえつって、あごのさきを指でひねりまわしながら、室内を見まわした。セザンヌが描いた南フランス風景の額がかかっている。南洋でとれためずらしい貝殻の置き物がある。
脳の中の麗人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
眞砂町の喜三郎は、泥だらけの脇差を振り廻して、すつかりえつに入つて居ります。
するとかあさんはえつにいって、岸がんのことを福の神だねえと云ったそうである。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それを見たとき、勝平は煮えたぎっている湯を、飲まされたような、すさまじい気持になっていた。ニヤリ/\とえつに入っているらしいわが子の顔が、アリ/\と目に見えるように思った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
自然の容色のまだ衰えないことを、ひとりえつっているようです。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
弁馬はこう自嘲すると共に、すぐ明け方の夢の中から、おえつと、角三郎の顔だけを脳膜にぼんやり映し出していた。
御鷹 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
瑠璃子の今宵に限って、温かい態度に、勝平は心からえつに入っているのだった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
平次はすつかりえつに入つて、呆氣に取られて居るガラツ八を顧みました。
何の気もつかず掘ると、手に従って赤貝や潮吹や馬鹿貝やはまぐりがぞくぞく取れるので、大いにえつに入ってあさっていると、そこへ俄然がぜん豆腐屋の喇叭らっぱのようなものを吹き立てて、偉大なる壮漢が現われた。
ネッドはひとりでえつに入っていた。
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
とかれは、ふと思いついた胸中の奇策きさくに、ニタリとえつをもらしたが、そのとき、なんの気なしに天井てんじょうを見あげるやいな、かれは、全身の血を氷のごとくつめたくして
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「百兩の茶碗、五十兩の茶入。こいつは何んとか言ふ坊さんがのたくらせた蚯蚓みゝずで、こいつは天竺てんぢくから渡つた水差しだと、獨りでえつに入つて居るうちはよかつたが、——人の怨みは怖いね、親分」
兄はひとりでえつひたっていました。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ご主君の方はその青いつややかな若入道わかにゅうどうつむりからひたいへかけてぼうと上気をみせながら、どこかには残忍なえつを持った眼が生き生きとけものめくまで主膳を見すえているのだった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
八五郎はすつかりえつに入つて、揉手などをして居ります。
と署長は一人でえつっていた。
人間灰 (新字新仮名) / 海野十三(著)
天下の色男はわしかしらと、長いあごを抑えてニヤリとえつに入った先生は、買物に入った女房を店の外で待っている男のように、そこで再び彼女が出て来るのを待っている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
八五郎はすっかりえつに入って、揉手などをして居ります。
方丈の客は、やがてお通も見えたもので、曲がりかけていたおかんむりもやや直り、えつに入って、酒杯さかずきもかさね、あから顔のどじょうひげに対立して、眼じりもおもむろに下がって来た。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これでいいと、ひとりで読みなおして、ひとりでえつっていた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
画匠が大作を描き上げたときのようなえつに入って独り手を打った。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひどく独りでえつに入っていた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)