恩怨おんえん)” の例文
加害者にも被害者にも恩怨おんえんにからまる感情のなかったことはいうまでもないからである。藤作はこのとき、すでに死を決していた。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
いつか詩人の会でたったいちどちらと顔を合せた事があるくらいのもので、個人的な恩怨おんえんは何も無かった筈でございますのに
男女同権 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それまではたれにもおどんでいた一抹いちまつ危惧きぐだったものも、恩怨おんえんすべて、尊氏のことばで、すかっと、一掃いっそうされた感だった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は博士に対して何等の恩怨おんえんを有するものでない、だ、その著書を通して博士の頭脳を尊敬している一人に過ぎない。
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
僕は何も貴女に恩怨おんえんがあるのではありません。恩怨がないばかりでなく、ある点では貴女を敬慕しているものです。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
延享えんきょう四年八月十五日の朝、五つ時過ぎに、修理しゅりは、殿中で、何の恩怨おんえんもない。肥後国熊本の城主、細川越中守宗教ほそかわえっちゅうのかみむねのり殺害せつがいした。その顛末てんまつは、こうである。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
捜しに来たのでもなし誰に恩怨おんえんもありません、どうか落ち着いて下さい、人違いをしないで下さい、お願いです
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
日常はらに畳んでおいたお神への不満や憤りをさらけ出したりしたので、九分九厘まで駄目となったこの際に、心残りのないように、恩怨おんえんに清算をつけるのだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
斬りつ斬られつした両人も、死は一切の恩怨おんえんを消してしまって谷一重ひとえのさし向い、安らかに眠っている。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
定吉の話で、東海坊の法力なるものの正体と、それをめぐ恩怨おんえんの渦が次第に判るような気がします。
なにゆえに外国とは政治上の交渉をなさざるべからざると信じ、なにゆえに権理は腕力にあらざれば伸張するあたわずと信じ、なにゆえに歴史上の恩怨おんえんよりして隣国と相仇し
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「おまえと息子には屹度きっと巴里パリを見せてやるぞ」と言った。恩怨おんえんの事柄は必ず報ゆる町奴まちやっこ風の昔気質むかしかたぎの逸作が、こう思い立った以上、いつかそれが執り行われることは明かである。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
玉目三郎がどうあろうと、あるいはトキ女の実父どもがどういう心を持っていようと、そんな恩怨おんえんは、とっくの昔に消えている。共に行動を起したあとは、家中の心が即ち個人の心であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
もう、腕の話はやめ……それはそうとしてお絹さん、お前も、恩怨おんえんの念は別として、ぜひ一度あの一座を見てお置きなさい、たしかに前例のない見物みもの、また後代ちょっとは見られないものですよ。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なんの恩怨おんえんもないのだし、私は高等学校時代の友人の顔でさえ忘れていることが、ままあるくらいの健忘症なのに、W君の、その窓から、ひょいと出した丸い顔だけは
酒ぎらい (新字新仮名) / 太宰治(著)
今日、越前もすでに亡び、その越前と浅からぬ足利公方あしかがくぼう殿にも、京を去って遠く退去し、恩怨おんえんすべて過去となった今、何を好んで、織田浅井の御両家が、戦わねばならぬ理由があるか。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
春秋しゅんじゅうの世のならいです。一個一個の私的な恩怨おんえんなど、生涯持ってはいられません。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僕は大井広介とは、遊んだ事もあまり無いし、今日まで二人の間には、何の恩怨おんえんも無かった筈だが、どういうわけか、このような難題を吹きかける。実に、困るのだ。大井君、僕は野暮やぼな男なんだよ。
無題 (新字新仮名) / 太宰治(著)
正成ほどな徳のあるひとすらかくの如しである。……現に、なんらの恩怨おんえんなく、憎しみ合ってもいぬ正成とさえ、この決闘を否みなくさせられたではないか。……ああ、武門、ああ、さむらい。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)