圭角けいかく)” の例文
流石さすがにこれは圭角けいかくが鈍い。残の雪が夫から夫へと蜘蛛手に橋を架け渡す。泡立つ水が声を揚げて其根方に搦みついてはすういと流れて行く。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「それまでには随分揉まれるだろうから、圭角けいかくが取れて勤まるようになる。修業の積まない中に辞退したんじゃ実際路頭に迷うかも知れないぜ」
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
〔譯〕前人は、英氣えいきは事をがいすと謂へり。余は則ち謂ふ、英氣は無かる可らず、圭角けいかくあらはすを不可と爲すと。
「鈍才も尊い。黙って、地下百尺にうずもれたまま、事成る日まで圭角けいかくを見せぬものは、名利みょうりの中に仰がれる才物より、どれほど、たのもしいか分らない」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それからまた、年ごとに圭角けいかくがとれてきて、時とともに穏和になってきた。彼女のうちには言い知れぬ哀愁がこめていて、自分でもその理由を知らなかった。
まだ三十四五であったが、世の中の辛酸しんさんをなめつくして、その圭角けいかくがなくなって、心持ちは四十近い人のようであった。養子としての淋しい心の煩悶はんもんをも思いやった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
物馴れた五十前後の男、彈力も圭角けいかくも失つてしまつた、忍從そのもののやうな典型的な番頭です。
その圭角けいかくをなくしたまろやかな地図の輪郭は、長閑のどかな雲のように微妙な線を張ってゆがんでいた。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
元来、良寛様は圭角けいかくの有る人である。利かん気に充ちた人である。修養によって、もの柔らかに、穏健に、円熟にと進まれた人であろうかと思われる点が多々あるようである。
お政はずいぶん神経しんけい過敏かびん感情的かんじょうてきな女であるけれど、またそうとうに意志いしの力を持っている。たいていのことはむねのうちに処理しょりして外に圭角けいかくをあらわさない美質びしつを持っている。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
人間の社会的に生きて行くべき方法もうなずけるような気がして、持前の圭角けいかくれ、にわかに足元に気を配るようになり、養子という条件で三村の令嬢と結婚もしたのであったが
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
もともとおとなしいたちで、圭角けいかくのあるようすを見せたことはなかったが、最近は別して柔和になり、挙止動作に丸味が出来、春草が風になびくようなやさしい立居をするようになった。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
チロチロとさざなみの刻むような光りがする、岩石の間に、先刻捨てた尻拭き紙までが、真赤にメラメラと燃えている、この窪地一帯に散乱する岩石の切れ屑は、柔らかく圭角けいかくを円められて
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
堂々としておのれの言わんと欲する処を言うものは稀なり。男子は須らく圭角けいかくあるべし。水上子の言う処悉く当を得たるや否やは余の深く問う処に非ず。余は子の意気あるを悦ぶものなり。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかも、奇妙に脂ぎっていて、死戦時の浮腫ふしゅのせいでもあろうか、いつも見るように棘々とげとげしい圭角けいかく的な相貌が、死顔ではよほど緩和されているように思われた。ほとんど、表情を失っている。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
昔の雑誌編輯者というものは一見識を具えていて、なかなか圭角けいかくがあった証拠として、樗陰の例を二つ三つ引いて置こう。私が知っているのでは、樗陰が最も嫌っていたのは鈴木三重吉すずきみえきちであった。
文壇昔ばなし (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
けだし仮名の読み難きは、文字の大きさの同じき事、文字の形の皆丸くして圭角けいかく少き事、父音母音の区別なき事等に因る者にして、その解し難きは、同音の字多き漢語を仮名に直したるに因るなり。
病牀譫語 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
圭角けいかくがとれたとは称し難いながら、さすがに人間の重みも加わった。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
片麻岩の大塊が鋸の歯のような鋭い圭角けいかくをいら立たせて押重っている下に、小砂利を敷き詰めた平があって、泡の浮いた薄汚い水が溜っている。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
いよいよその地歩をめて、新旧勢力の大官中に伍し、いつのまにか若年ながら錚々そうそうたる朝臣の一員となっているところ、早くも凡物でない圭角けいかくは現れていた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
物馴れた五十前後の男、弾力も圭角けいかくも失ってしまった、忍従そのもののような典型的な番頭です。
熱狂の酷烈さを公布し減退させること、圭角けいかくを削り爪牙そうがを切ること、勝利を微温的たらしむること、正義に衣をせること、巨人たる民衆にすみやかに寝間着をきせ床につかせること
狭い谷は全く滝と奔湍との連続で、河床には圭角けいかくの鋭い岩が乱れ立ち、水は其間を狂奔している。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
しかし、笠置合戦では、この大鵬たいほうは、まだなんらの動きもその圭角けいかくも見せていない。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その一つ此窓の大岩柱は直ぐ目の前にがっしりと根を張って、曇りを帯びた朧の雪がいぶしし銀の金具の様に根元を飾っている。最高点は其北に在って赤錆びた圭角けいかくのみのように鋭い。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
けれど、手頃でどこの垣へでもはまるような石は、抱える大名がその多いのを持て余し、これはと思う石には、圭角けいかくがあり過ぎたり、妥協だきょうがなくて、自己の垣へはすぐ持って来られないのが多かった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
透間もなく密生した石楠を手掛り足掛りとして、表面は圭角けいかくの鋭いぼろぼろの岩屑と変っている岩の間を匐い上り、長いが狭い頂上の突端に立った。三角点の標石があって、櫓は横に倒れている。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
それも、しいてしている低姿勢とはみえず、人前におくしがちな、はにかみともいえそうなかげが、その肩やおもざしを、自然なやわらかいものにしていて、するどい圭角けいかくらしさなどは物腰のどこにもない。