不分明ふぶんみょう)” の例文
そうして袋戸ふくろどに張った新らしい銀の上に映る幾分かの緑が、ぼかしたように淡くかつ不分明ふぶんみょうに、ひとみを誘うので、なおさら運動の感覚を刺戟しげきした。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
巡査の決心と勇気とに励まされ、これに又幾分の好奇心もまじって、数名の若者は其後そのあとに続いた。七兵衛等はあとに残って、生死しょうし不分明ふぶんみょうの市郎と三個みつの屍体とを厳重に守っていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すると誰だかまた手をたたいてその鷹を呼び返そうとした。——健三の記憶は此所ここでぷつりと切れていた。芝居と鷹とどっちを先に見たのか、それさえ彼には不分明ふぶんみょうであった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
普通の同化には刺激がある。刺激があればこそ、愉快であろう。余の同化には、何と同化したか不分明ふぶんみょうであるから、ごうも刺激がない。刺激がないから、窈然ようぜんとして名状しがたいたのしみがある。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その時敬太郎けいたろうの頭に、この女は処女だろうか細君だろうかという疑が起った。女は現代多数の日本婦人にあまねく行われる廂髪ひさしがみっているので、その辺の区別は始めから不分明ふぶんみょうだったのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)