一層いっそ)” の例文
「カラやカフスと同じ事さ。汚れたのを用いるくらいなら、一層いっそはじめから色の着いたものを使うがい。白ければ純白でなくっちゃ」
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
襤褸ぼろを着てこんな真似をしてこんな親に附いて居ようより、一層いっその事い処へ往って仕舞おうとお前に愛想あいそが尽きて出たのに違いない
文七元結 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
一層いっその事、やぶれかぶれに先斗町ぽんとちょうへでも遊びに行こうか、それとも、もう少し此処に辛抱して、気分の静まる折を待って居ようか。
恐怖 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ああ、そうだ、一層いっそのこと、折を見て、彼女があの附文を読まない先に、そっとポケットから引抜いて、破り捨てて了おうかしら。
木馬は廻る (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
鼠色ねずみいろの空はどんよりとして、流るる雲もなんにもない。なかなか気が晴々せいせいしないから、一層いっそ海端うみばたへ行って見ようと思って、さて、ぶらぶら。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうだ、一層いっそ死んでやろうかしら。純真な男性の感情をもてあそぶことが、どんなに危険であるかを、彼女に思い知らせてやるために。そうだ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
何しろ喧嘩けんかずくでは狼にかなわないから一層いっその事、狼に喰い殺されないうちにここを逃げ出して、他の所にいい住居すまいを探そうという事に決めた。
猿小僧 (新字新仮名) / 夢野久作萠円山人(著)
一層いっそ売……」けれども、考えてみればかりにも家老の家柄で、代々遺して来たものに、偽物のあることは、まあ無い方が確かだろうとも思われる。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
……父は自分で「おれは今、鳥だから、猟師などにやるのなら一層いっそおれの体は子供に喰わしてやる方がましだ」
雉子のはなし (新字新仮名) / 小泉八雲(著)
だから諦めるかと思うと、決して諦めない。一層いっそ読まずに、蒐めるだけにして見ようかなどという断然二兎を追わざる篤志家が出て来るのは自然の数である。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
で、その娘の手紙なんですがね……実は、いま、こうして私が持ってるんですよ……いや、助役の話なんぞ繰返すよりも、一層いっその事この手紙をお眼に掛けましょう。
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
胸糞のわるいこんな札びらは一層いっそこと水に流して、さっぱりしてしまった方がと、おくらの渡しの近くまで歩いて来て、じっと流れる水を見ていますと、息せき切って小走りに行過ゆきすぎる人影。
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「へえ、妙な縁だね。だがそいつはこの新聞で見ると、無頼漢だと書いてあるではないか。そんなやつは一層いっそその時に死んでしまった方が、どのくらい世間でも助かったか知れないだろう。」
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一層いっそみんなが戸を明けた時逃げればよかったに、斯うなっては動きが取れない。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
一層いっそ此方こっちから進んで、直接に三千代を喜ばしてやる方が遥かに愉快だという取捨の念だけは殆んど理窟りくつを離れて、頭の中に潜んでいた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『そうだ、一層いっそ死んでやろうかしら。純真な男性の感情を弄ぶことが、どんなに危険であるかを、彼女に思い知らせるために。』
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
うござらうぞ、食べて悪いことはなからうがや、野山の人はの、一層いっそのこと霧の毒を消すものぢやといふげにござる。」
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そしてもし妾が女王になるならば、ここでうおに喰われるような事はあるまい。もし女王になれないのならば、一層いっその事喰われて死んでしまった方がいい。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
一層いっそ断念して帰ろうかと思いましたが、折角ここまで尾行して来たのを、今更いまさら中止するのも残念ですから、私は勇気を出して、なおも男のあとをつけました。
盗難 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
歳のゆかん娘気むすめぎに思い違いを致し、一層いっそ尼にでも成ろうと心を決し不図家出を致しましたが、向島の白髭しらひげそば蟠竜軒ばんりゅうけんという尼寺がございます、こゝへ駈込んで参りましたが
今晩も必ず私を待っています、女に失望させるよりは一層いっそ死にたいのですから私は行かねばなりません。……しかし御願です、私が今申し上げた事は誰にも決して云わないで下さい
忠五郎のはなし (新字新仮名) / 小泉八雲(著)
自分が彼女を忘れるためには、彼女の存在を無くするか、自分の存在を無くするか二つに一つだと思う。……そうだ、一層いっそ死んでやろうかしら。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
次に、一層いっそ洋行する気はないかと云われた。代助は好いでしょうと云って賛成した。けれども、これにも、やっぱり結婚が先決問題として出て来た。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それよりも一層いっそのこと、私に雇われて下さいませんか。そうすればお金はこちらからいくらでもあげます。
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
一層いっそお前と一緒に死んで了い度い程に思っているのだ。だが、俺にはまだ未練がある。人見廣介を殺し、菰田源三郎を蘇生させる為に、俺はどれ程の苦心をしたか。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
夢になら恋人に逢えるときまれば、こりゃ一層いっそ夢にしてしまって、世間で、誰某たれそれは? と尋ねた時、はい、とか何んとか言って、蝶々ちょうちょう二つで、ひらひらなんぞは悟ったものだ。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雪「アヽ恐れ入ったお智識様、成程わたくしは身重の身体で尼に成ろうと思ったは迷いで有った、アヽ因縁の悪い身のうえ、一層いっその事一思いに身を投げて死ぬより他に仕方がない」
実を云うと、二百円は代助に取って中途半端なたかであった。これだけくれるなら、一層いっそ思い切って、此方こっち強請ねだった通りにして、満足を買えばいいにと云う気も出た。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うまく彼奴あいつが逃げてくれるか、一層いっそ屋根から落ちて死にでもしたら、又善後策のほどこし様もありましょうが、しかしこうなったらどっちみち覚悟しなきゃなりますまい。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いまだに分らねえから、おめえが何時までも己の厄介やッけえに成ってるのは気の毒だ、一層いっそ死んだら親方に難儀を掛けめえ、苦労をさせめえと云って死のうとするんだから、己に義理を立てる積りだろうが
お沢 ええ、もう一層いっそきっと意気組む)ひと思いに!
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は一層いっそ思い切って、ありのままを妻に打ち明けようとした事が何度もあります。しかしいざという間際になると自分以外のある力が不意に来て私をおさえ付けるのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それが、何の因果か百合枝さん、あなたのことだけはあきらめてもあきらめても、あきらめ切れなんだ。一層いっそあなたを刺殺さしころして自分も死のうと思ったことが幾度あるか知れない。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と云ってむやみに気楽ではなお困る。一層いっそほかの顔にしては、どうだろう。あれか、これかと指を折って見るが、どうもおもわしくない。やはり御那美さんの顔が一番似合うようだ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「日記にしろ系図帳にしろ、僕達が持っていては非常に危険だ。暗号文さえ覚え込んで置けば、外のものに別段値打ちがある訳ではないから、一層いっそ二つとも焼き捨ててしまう方がいい」
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
眼に写っただけの寸法ではとうていおさまりがつかない。一層いっその事、実物をやめて影だけ描くのも一興だろう。水をかいて、水の中の影をかいて、そうして、これが画だと人に見せたら驚ろくだろう。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これは一層いっそ明智でも訪問して気をまぎらした方がいいかも知れない。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
博覧会にて御地は定めて雑沓ざっとうの事と存候。出立の節はなるべく急行の夜汽車をえらみたくと存じ候えども、急行は非常の乗客の由につき、一層いっそ途中にて一二泊の上ゆるゆる上京致すやも計りがたく候。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)