“ちまた”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
81.8%
6.8%
5.8%
1.8%
街衢1.3%
岐路0.5%
街巷0.5%
通衢0.3%
岐巷0.3%
曲巷0.3%
路岐0.3%
道俣0.3%
道衢0.3%
0.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
「剣の達人じゃ。いや名人の境に達していよう。人品もよい。深淵をのぞくようでな。乱世のちまたからもあんな人物が出るものかのう」
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『ピナコテエク』のやかた出でし時は、雪いま晴れて、ちまた中道なかみちなる並木の枝は、ひとびとつ薄き氷にてつつまれたるが、今点ぜし街燈に映じたり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
歴史があり、物語があり、繁華がある。それらはしばらくの間若い心を躍らせて常に憧憬のちまたであった東都の空を想う念も暫くの間は薄らいでいた。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
なほ御四五跡をしたうて責討せめうてば、古郷ふるさとほとりは四六干戈かんくわみちみちて、四七涿鹿たくろくちまたとなりしよしを四八いひはやす。
彼に属せざる者かれの天幕に住み……彼の跡は地に絶え彼の名は街衢ちまたに伝わらじ……彼はその民の中に子もなく孫もあらじ……これが日(審判を受けし日)を
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
荒浪の上にまるるたななし小舟おぶねのあわや傾覆くつがえらん風情、さすが覚悟を極めたりしもまた今さらにおもわれて、一期の大事死生の岐路ちまたと八万四千の身の毛よだたせ牙みしめてまなこみは
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
故郷をとびだして以来は街巷ちまたから街巷を流浪して歩き、口には云えないような世渡りもした。まるで水の上に落ちた枯葉と同じで、ただ流れのまにまに生きて来たのである。
柘榴 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
君はこよひの舞臺にて、むかし羅馬の通衢ちまたるに凱旋の車をもてせしアヌンチヤタがいかに賤客にあざけられ、口笛吹きて叱責せられたるかを見そなはし給ひしなるべし。
サンタの熱は未だえず、されど明日あすの興行には必ず往かんと誓へり。ヱズヰオは火を噴き灰をらすることもとの如し。而して我名を載せたる番付は早く通衢ちまたり出されたり。
よもすがら恩義と情の岐巷ちまたに立ちて、何れをそれとさだかねし瀧口が思ひ極めたる直諫に、さすがに御身の上を恥らひ給ひてや、言葉もなく一間ひとまに入りし維盛卿、吁々思へば君が馬前の水つぎ孰りて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
こゝにおいて、はじめは曲巷ちまた其處此處そここゝより、やがては華屋くわをく朱門しゆもんされて、おくらざるところほとんすくなく、かれすもの、不具ふぐにしてえんなるををしみて、金銀きんぎん衣裳いしやうほどこす。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
たそがるる狹霧さぎり路岐ちまた
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
次に投げ棄つる御けしに成りませる神の名は、煩累わづらひ大人うしの神。次に投げ棄つる御はかまに成りませる神の名は、道俣ちまたの神。次に投げ棄つる御冠みかがふりに成りませる神の名は、飽咋あきぐひ大人うしの神
かれ木幡こはたの村に到ります時に、その道衢ちまたに、顏き孃子遇へり。
清十郎の追払れたりし時には未だ分別のちまたには迷はざりしものを、このお夏の狂愛に魅せられし後の彼は、早や気は転乱し、仕損しそこなふたら浮世は闇、跡先見えぬ出来心にて
「歌念仏」を読みて (新字旧仮名) / 北村透谷(著)