世上過ってこれを大岡捌おおおかさばきの中に編入しているのは、もとより取るに足らぬけれど、それよりもズッと前、七十余年もさかのぼって万治まんじ三年の頃に備前の太守池田新太郎少将光政いけだしんたろうしょうしょうみつまさの落胤と名乗って
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)