高サ六尺二寸、弘仁期こうにんきのもので“子安地蔵”と呼ばれているという。またべつの“宝冠釈迦像ほうかんしゃかぞう”も補修は多いが、すこぶる美作びさくな鎌倉仏であった。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)