あぎと)” の例文
「いよいよ海女は水底深く潜って龍王のあぎとを探ります。明珠めいしゅは、お松、お村、どちらの手に入りましょうや、しばらくは一とはやし——」
かんかぜに赤くひきしまっている顔は、どこか大人たいじんそうをそなえ、大きくて高い鼻ばしらからあぎとにかけての白髯はくぜんも雪の眉も、為によけい美しくさえあった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
考ふる隙に、下女は龍のあぎとを逃れ出でたる心地、台所の方へ足早に下りつつ、三人一時に首を延ばして、主人の容子いかがとこはごはに窺ひゐる様子なり。
心の鬼 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
それが恐ろしいあぎとを海にぺたりと漬けて、音も立てずに油のやうにつた水をつてゐるかと思はれる。
センツアマニ (新字旧仮名) / マクシム・ゴーリキー(著)
香橙色くねんぼいろ薔薇ばらの花、物語に傳はつた威尼知亞女ヹネチヤをんな姫御前ひめごぜよ、きさきよ、香橙色くねんぼいろ薔薇ばらの花、おまへの葉陰の綾絹あやぎぬに、虎のあぎとてゐるやうだ、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
さま/″\の艱難辛苦かんなんしんくをいたしましたが、それでも神様のお助けで、虎のあぎとのがれまして、再び貴方にお目に懸ることが出来ました、これと云うのも矢張やっぱり神様のお助けでございます
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ゴメズが咆え立てるのを止めた時には、すでに列車は激しいきしりを立てながらカーヴを曲っていた。主従は彼等の面前に竪坑の真黒な入口が巨大なあぎとを開いて待っているのを見た。
ロミオ (廟の前に進みて)おのれ母胎ぼたいめ、またとない珍羞ちんしゅうむさぼひをったにッくめ、おのれくさったあぎとをば、まッのやうに押開おしひらいて、(と廟の扉をぢあけながら)おのれへの面當つらあて
その外或はくろがねしもとに打たれるもの、或は千曳ちびき磐石ばんじやくに押されるもの、或は怪鳥けてうの嘴にかけられるもの、或は又毒龍のあぎとに噛まれるもの、——呵責も亦罪人の數に應じて、幾通りあるかわかりません。
地獄変 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
光枝は毒蛇どくじゃあぎとをのがれる心地ここちして、旦那様の前を退さがった。
什器破壊業事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
青きをみなあぎとかと
お絹が父親の命に代る爲に、自分から進んで虎狼こらうあぎとへ飛込んだと解ると、一色道庵は危險に對してすつかり盲目になつて了つたのです。
皮膚の色さえ、小次郎には、故郷のにおいが感ぜられる赭土色あかつちいろの持主だった。眉は、粗で、眼はきれ長であり、面長なあぎとに近いあたりに、黒子ほくろがある。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その外或はくろがねしもとに打たれるもの、或は千曳ちびき磐石ばんじやくに押されるもの、或は怪鳥けてうくちばしにかけられるもの、或は又毒龍のあぎとに噛まれるもの——、呵責かしやくも亦罪人の数に応じて、幾通りあるかわかりません。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
お絹が父親の命に代るために、自分から進んで虎狼ころうあぎとへ飛込んだと解ると、一色道庵は危険に対してすっかり盲目になってしまったのです。
そしてそこの、奥まった一室に、わが馬春堂先生は、長いあぎとの突端を抑えて、毎日ぼんやり暮らしていました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白い髪が、綿のように伸び、あぎとにも、伸びたひげが光ってみえる。それへ、梨子地なしじ烏帽子えぼしをかむり、領送使のすすめる輿こしのうえに身をまかせた。輿へ移る前
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お松とお村は、暫らく水中に爭ひましたが、やゝ肥つたお村の方が勝つて、お松を彈き上げると、身を沈めて格子の穴を潜り、龍のあぎとの珠を取つて、勝ち誇つた兩手を水の上へ高く擧げました。
骨太なわりには、痩肉そうにくの方である。あぎとのつよい線や、長すぎるほど長い眉毛だの、大きな鼻梁びりょうが、どこかのんびり間のびしているところなど、これは西の顔でもなし、京顔でもない。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一時両国の水茶屋で、鉄火者で鳴らしたお篠が、妹のお秋を虎狼ころうあぎとから救い出したさに、ガラッ八の十手のチラチラまで借りようというのは、全く並々ならぬ危険を感じたからのことでしょう。