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謬見
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びゅうけん
ふりがな文庫
“
謬見
(
びゅうけん
)” の例文
すでに議論によりて道理を排するは
自家撞着
(
じかどうちゃく
)
にして、到底、論理思想を排し得るものにあらず。これ、懐疑学者の一大
謬見
(
びゅうけん
)
なり。
迷信と宗教
(新字新仮名)
/
井上円了
(著)
然れどもこはいまだよく江戸演劇の性質を
究
(
きわ
)
めざる者の
謬見
(
びゅうけん
)
なり。余は江戸演劇を以て
仏蘭西
(
フランス
)
のオペラコミックの如き物に比較せんと欲するなり。
江戸芸術論
(新字新仮名)
/
永井荷風
(著)
しかし私は、かかる考えが真に独断に過ぎなく、理解なき
謬見
(
びゅうけん
)
に過ぎぬのを感じている。私はそこに日本においてと同じく、支那の影響を否みはしない。
民芸四十年
(新字新仮名)
/
柳宗悦
(著)
これらの数ページはそういう彼らの
謬見
(
びゅうけん
)
を醒ますだろう。おそらくいつかは世に出版されて、人の精神の苦悶のほうへ彼らの精神をしばし向けさせるだろう。
死刑囚最後の日
(新字新仮名)
/
ヴィクトル・ユゴー
(著)
その自然の上に活眼を開きたる時の第一句が蛙の句なりしは偶然の事に属す。俗宗匠輩がこの句を説くに、特に蛙に重きを置くは固より取るに足らざる
謬見
(
びゅうけん
)
のみ。
古池の句の弁
(新字旧仮名)
/
正岡子規
(著)
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元来西洋の人は我が日本の事情に暗くして、ややもすれば不都合千万なる
謬見
(
びゅうけん
)
を抱く者少なからず。
日本男子論
(新字新仮名)
/
福沢諭吉
(著)
「かくの如く修行しゆく所に、
自然
(
じねん
)
に仏性現前の時節にあふ、時節至らざれば、参師問法するにも弁道工夫するにも現前せず」と考えるが、これは非常な
謬見
(
びゅうけん
)
である。
日本精神史研究
(新字新仮名)
/
和辻哲郎
(著)
自己が死んでも世界が残るなどとは、俗も俗、はなはだしい
謬見
(
びゅうけん
)
じゃ。世界が消えても、正体の
判
(
わか
)
らぬ・この不思議な自己というやつこそ、依然として続くじゃろうよ。
悟浄出世
(新字新仮名)
/
中島敦
(著)
おれは、おれの村を、ブルジョアの番頭になれば、救えるという
謬見
(
びゅうけん
)
を捨て去るべきだ。おれの救わなければならないのは、おれの村だけじゃなくて、この地上の一切だ
海に生くる人々
(新字新仮名)
/
葉山嘉樹
(著)
日本の臣民大衆には、君臣ひとつのながれもなく、それに
因
(
よ
)
る情念もなしとする
謬見
(
びゅうけん
)
に過ぎない。
新書太閤記:07 第七分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
また、科学はマテリアリズムに導く、という一般的
謬見
(
びゅうけん
)
を排し、計算や実験では解けない“higher mysteries of being”のあることを暗示した。
レーリー卿(Lord Rayleigh)
(新字新仮名)
/
寺田寅彦
(著)
そういう口上そのものが年を経るとともに一層固くなりつよく
膠着
(
こうちゃく
)
するものであって、物識り顔からそういう
謬見
(
びゅうけん
)
をこそぎおとすにはよっぽど鏝でごしごしやらなければならない。
森の生活――ウォールデン――:02 森の生活――ウォールデン――
(新字新仮名)
/
ヘンリー・デイビッド・ソロー
(著)
文明の
今日
(
こんにち
)
なおこの
弊竇
(
へいとう
)
に
陥
(
おちい
)
って
恬
(
てん
)
として
顧
(
かえり
)
みないのははなはだしき
謬見
(
びゅうけん
)
である。
吾輩は猫である
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
かかる
謬見
(
びゅうけん
)
より出発するがために、今日の信者には信仰の浅い者が多いのである。我らはヨブの如く独りみずから苦みて、遂に「我れ知る我を贖う者は
活
(
い
)
く」といい得るに至らねばならぬ。
ヨブ記講演
(新字新仮名)
/
内村鑑三
(著)
だが、この椿岳の女道楽を単なる漁色とするは時代を無視した
謬見
(
びゅうけん
)
である。
淡島椿岳:――過渡期の文化が産出した画界のハイブリッド――
(新字新仮名)
/
内田魯庵
(著)
おのれの
誤謬
(
ごびゅう
)
を正し、おのれの偏見を征服し、おのれの思想と心とを日々に拡大する、というためでないならば、それは吾人になんの役にたとう? 待たれよ! たとい吾人に
謬見
(
びゅうけん
)
あろうとも
ジャン・クリストフ:06 第四巻 反抗
(新字新仮名)
/
ロマン・ロラン
(著)
野蛮と好戦の代名詞のように心得ている君等白人の
謬見
(
びゅうけん
)
からただしてかからなければならんのだが、それには相当の時間を要する、少なくともその理解の届くまで、君の出発を延期してはどうだ
大菩薩峠:41 椰子林の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
又ルーソーが如き
謬見
(
びゅうけん
)
の学者が、悪を世海に流したるに依り、其結果、自由民権の説、世の風潮をなし、終に革命変乱に至て窮まり、英雄衆を籠絡して、己が功名利達の志を遂ぐるの好時機を作り
天皇:誰が日本民族の主人であるか
(新字新仮名)
/
蜷川新
(著)
故に上述のような解説が、皮相な
謬見
(
びゅうけん
)
にすぎないことは明らかである。けだし人間に於ける知性と情性とは、常に並行して両存するものである故に、その一方が進む時は、他方も前に進むのである。
詩の原理
(新字新仮名)
/
萩原朔太郎
(著)
私が第四階級の人々に対してなんらかの暗示を与ええたと考えたら、それは私の
謬見
(
びゅうけん
)
であるし、第四階級の人が私の言葉からなんらかの影響を
被
(
こうむ
)
ったと想感したら、それは第四階級の人の誤算である。
宣言一つ
(新字新仮名)
/
有島武郎
(著)
しかし私は、かかる考えが真に独断に過ぎなく、理解なき
謬見
(
びゅうけん
)
に過ぎぬのを感じている。私はそこに日本においてと同じく、支那の影響を否みはしない。
朝鮮の友に贈る書
(新字新仮名)
/
柳宗悦
(著)
しかして、一夢さめきたれば全部分活動するをもって、一部分の想像の全く
謬見
(
びゅうけん
)
なるを知るに至る。
妖怪学
(新字新仮名)
/
井上円了
(著)
その提出は正義に反しないものでありその受納は義務に反しないものであると、確かに
謬見
(
びゅうけん
)
ではあったが、とにかく確信したのである。そこに彼の善意的な所有がある。
レ・ミゼラブル:07 第四部 叙情詩と叙事詩 プリューメ街の恋歌とサン・ドゥニ街の戦歌
(新字新仮名)
/
ヴィクトル・ユゴー
(著)
因
(
ちな
)
みにいふ、名所といふ事については、古来歌よみは大なる
謬見
(
びゅうけん
)
を抱きゐたり。
人々に答ふ
(新字旧仮名)
/
正岡子規
(著)
この点に対する誤解から種々な
謬見
(
びゅうけん
)
が生れる事は識者の日常目撃するところである。科学のどこを掘り返しても「不可不」は出て来ないし、その縄張りの中を隈なく捜しても「神」は居ない。
文学の中の科学的要素
(新字新仮名)
/
寺田寅彦
(著)
新橋芸者の
品定
(
しなさだめ
)
にもすぐと一流二流の差別をつけるはまだしも忍ぶべし。文学絵画の品評にまでとかく作家の等級をつけたがるは何たる
謬見
(
びゅうけん
)
ぞや。
尤
(
もっとも
)
かくの如き謬見に捉はるるは田舎出の文士に多し。
桑中喜語
(新字旧仮名)
/
永井荷風
(著)
日本は未だ国を成さざるものなりなど、口を極めて攻撃せらるるときは、我輩も心の内には外国人の
謬見
(
びゅうけん
)
妄漫
(
ぼうまん
)
を知らざるにあらず、我が徳風
斯
(
か
)
くまでに
壊
(
やぶ
)
れたるにあらず、我が家族
悉皆
(
しっかい
)
然るにあらず
日本男子論
(新字新仮名)
/
福沢諭吉
(著)
これ
畢竟
(
ひっきょう
)
、いまだ有形、無形の区別を明らかにせざるより起こるところの
謬見
(
びゅうけん
)
なり。思うに有形とは、わが五官に感触するところのものにして、五官に感触せざる、これ無形なり。
迷信と宗教
(新字新仮名)
/
井上円了
(著)
浅慮なる彼らは
謬見
(
びゅうけん
)
をいだいて、罪に対する非常なる鈍感をあたかも力の一要素ででもあるかのようにおのが
館
(
やかた
)
のうちに導き入れた。待伏陰謀の精神は彼らの政策のうちにはいってきた。
レ・ミゼラブル:05 第二部 コゼット
(新字新仮名)
/
ヴィクトル・ユゴー
(著)
謬
漢検準1級
部首:⾔
18画
見
常用漢字
小1
部首:⾒
7画
“謬”で始まる語句
謬
謬想
謬妄
謬伝
謬誤
謬説
謬害
謬戻
謬数
謬迷