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旧字:
注意 この切図と各部の名称価格等は『食道楽』夏の巻付録に委しければ読者ついらるべし〔夏の巻付録「西洋食品価格表」〕。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
さて子舎へ這入ッてからお勢は手疾てばや寐衣ねまきに着替えて床へ這入り、暫らくの間ながら今日の新聞をていたが……フト新聞を取落した。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
質素で濫費をせぬから、生計に困るようなことはないが、十分に書物を買うだけの金はない。書物は借りてて、書き抜いては返してしまう。
安井夫人 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
母の手紙はあとでゆつくりる事として、取り敢ず食事を済まして、烟草をかした。其けむを見ると先刻さつきの講義を思ひ出す。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「だつて、こんな池で助船たすけぶねでも呼んでたがい、飛んだお笑ひ草で末代まつだいまでの恥辱ぢやあないか。あれおしよ。」
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
とにかく、その仮面めんて、寺を出ると、秋の日はもう暮近い。私は虎渓橋こけいきょうたもとに立って、桂川の水を眺めていました。岸にはすすきが一面に伸びている。
果してこの戯言は同氏をして『蕪村句集』を得せしめ、余らまたこれを借りおおいに発明する所ありたり。死馬の骨を五百金に買ひたるたとえも思ひ出されてをかしかりき。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
古く既に素戔嗚尊スサノヲノミコトは、出雲の之川上から流れて来たのをて、山奥に人ありとの事を知られ、分け登って高志こし八岐大蛇やまたのおろちを退治して、奇稲田姫くしなだひめの危難を救われたとある。
賤民概説 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
維時の子の重光の子の匡衡まさひらも文章博士、維時の子の斉光は東宮学士、斉光の子の為基も文章博士であり、大江家の系図をれば、文章博士や大学頭だいがくのかみの鈴なりで、定基は為基の弟
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その後一九一五年版ガスターの『羅馬尼ルーマニア鳥獣譚』十四章をるとこうあった。
潮引き波去るの後におよんで之を塵埃じんあい瓦礫がれき紛として八方に散乱するのみ。またいささかの益する所なきが如しといへどもこれによりてその学が世上の注意をくに至るあるは疑ふべからざるなり。
史論の流行 (新字旧仮名) / 津田左右吉(著)
わけて、平安期の末期には、年表にも「天皇、皇后、競馬を給ふ」の項が随所に多い。神泉苑の競馬、仁和寺の競馬、加茂の競馬、時には、公卿の邸地でも、都の大路でも、臨時競馬をやった。
天皇と競馬 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
友人いうじん北洋ほくやう主人(蒲原郡見附の旧家、文をこのみ書をよくす)くだんの寺をたるはなしに、本堂間口まぐち十間、右に庫裏くり、左に八けんに五間の禅堂ぜんだうあり、本堂にいたるさかの左りに鐘楼しゆろうあり、禅堂のうしろに蓮池れんちあり。
それはました……。
最前から黙っていた主人はこの時急に写真が見たくなったものと見えて「おい俺にもちょっとせろ」と云うと細君は鋏を
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
北国金沢は、元禄に北枝ほくし、牧童などがあって、俳諧に縁が浅くない。——つい近頃たのが、文政三年の春。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はたしてこの戯言は同氏をして蕪村句集を得せしめ、余らまたこれを借りて大いに発明するところありたり。死馬の骨を五百金に買いたるたとえも思い出されておかしかりき。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
両親が内職に観世撚かんぜよりるという手紙をた時には、又一寸ちょっと妙な心持がした。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
友人いうじん北洋ほくやう主人(蒲原郡見附の旧家、文をこのみ書をよくす)くだんの寺をたるはなしに、本堂間口まぐち十間、右に庫裏くり、左に八けんに五間の禅堂ぜんだうあり、本堂にいたるさかの左りに鐘楼しゆろうあり、禅堂のうしろに蓮池れんちあり。
私だってほんとうにゃなりません位ひどくおやつれなすったから、ま、今にてあげて下さいな。
誓之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「まだません」
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)