蝉丸せみまる)” の例文
四宮河原しのみやがわらを過ぎれば、蝉丸せみまるの歌に想いをはせ、勢多せた唐橋からはし野路のじさとを過ぎれば、既に志賀、琵琶湖にも、再び春が訪れていた。
一昨年差上げ候蝉丸せみまるの拙作韻脚の処書損じ仕り候まゝ差上げ申候。あとにて気付き疎漏のいたりに候。後便したため直し差上げ可く候。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
日ごろは琵琶びわの祖神蝉丸せみまる像のふくが見える板かべのとこには、それがはずされて、稚拙ちせつな地蔵菩薩像のふくがかけられ、下には一位牌いはいがおかれていた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほかじゃない、さる大々名から、新年の大香合せに使うために拝借した蝉丸せみまるの香炉、至って小さいものだが、これが稀代の名器で、翡翠ひすいのような美しい青磁だ。
席上にはその頃まだ大学の生徒であった今の博士寺田寅彦君もいた。謡ったのは確か「蝉丸せみまる」であった。漱石氏は熊本で加賀宝生を謡う人に何番か稽古したということであった。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
蝉丸せみまる法師姿ほうしすがたを描いて、上に「これやこの行くも帰るも分れては……」がしたためてある。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
古い伝えは延喜えんぎの昔に。あのや蝉丸せみまる逆髪さかがみ様が。何の因果か二人も揃うて。盲人めくらと狂女のあられぬ姿じゃ。父の御門みかどに棄てられ給い。花の都をあとはるばると。知らぬ憂目に逢坂おうさか山の。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
蝉丸せみまる香爐かうろは此家から出た樣子はありません。無くなつてまだ半日も經たないんだから」
「ただ今申しました藤原貞敏きょうや宇多源氏の祖敦実親王あつざねしんのう、また親王の雑色ぞうしきで名だかい蝉丸せみまる
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「親分、飛んだ騷ぎをさせて濟まなかつたが、この通り蝉丸せみまるの香爐は返つて來ましたよ」
近ごろ蝉丸せみまるの再生とみんなが評判している琵琶の上手、みすみす惜しいことを遊ばしたと、皆していうものですから、……もの珍らな東宮のご童心が、俄に、覚一を召せ、覚一を呼んで……と
外ぢやない、さる大々名から、新年の大香合だいかうあはせに使ふ爲に拜借した蝉丸せみまる香爐かうろ、至つて小さいものだが、これが稀代の名器で、翡翠ひすゐのやうな美しい青磁せいじだ。それが、昨夜私の家の奧座敷から紛失した。