自炊じすい)” の例文
海浜に近い野原の片隅にトラックを入れるバラック小屋を建て、その横に四畳半の一部屋をこしらえて其処に起き臥し、不自由な自炊じすいをした。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
お君さんのいる二階には、造花の百合ゆりや、「藤村とうそん詩集」や、ラファエルのマドンナの写真のほかにも、自炊じすい生活に必要な、台所道具が並んでいる。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
東京に呼び戻したくても住む家が無い、という現状ですからね、やむを得ず僕ひとり、そこの雑貨店の奥の三畳間を借りて自炊じすい生活ですよ、今夜は
饗応夫人 (新字新仮名) / 太宰治(著)
橋本左五郎とは、明治十七年の頃、小石川の極楽水ごくらくみずそばで御寺の二階を借りていっしょに自炊じすいをしていた事がある。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私共に代って貧乏籤びんぼうくじをひいてくれた下曾根さんは、十七年間会堂うら自炊じすい生活せいかつをつづけました。下曾根さんは独身で、身よりも少なく、淋しい人でした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
おおむね当時は自炊じすいときまっていた。米、味噌みそ、肉、さい、飲みたいだけの酒、すべて現金買いである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……都合があって、私と二人で自炊じすいをして、古襦袢ふるじゅばん、ぼろまでを脱ぎ、木綿の帯を半分に裂いて屑屋くずやに売って、ぽんぽち米を一升炊きした、その時分はそれほど懇意だったのですが。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は今でも自炊じすいしている。三度三度自己満足できない食事では、すますことができないからだ。美食の一生を望んでいる。傾聴けいちょうすべき食物話が乏しくなったことは晩年の私をさびしがらせる。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
机の前に戻ろうとして、ふと私は部屋の隅に赤くびたガス焜炉こんろがあるのに眼をとめた。部屋で自炊じすいができるようにガスが引いてあるのだ。私は、そうだ、こいつは火鉢の代用になるぞと思った。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
それより妾はにわかに世話女房気取りとなり、一人いちにんの同志を伴いて、台所道具や種々の家具を求め来り、自炊じすいに慣れし壮士をして、代る代る炊事をらしめ、表面は読書に余念なきが如くによそおわせつつ
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
なかば自炊じすい、粗末の暮しはじめて、文字どおり着た切りすずめ、難症の病い必ずなおしてからでなければ必ず下山せず、人類最高の苦しみくぐり抜けて、わがまことの創生記
創生記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
大観音おおがんのんそばに間借をして自炊じすいしていた頃には、よく干鮭からざけを焼いてびしい食卓に私を着かせた。ある時は餅菓子もちがしの代りに煮豆を買って来て、竹の皮のまま双方から突っつき合った。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼らは、木賃きちんの定例どおり、例の自炊じすいにとりかかり、寝酒を飲んではしゃぎ合った。もちろん林冲へも馬の飼料かいばでもくれるように木鉢に盛った黄粱飯こうりょうめしが、首カセの前に置かれはしたが……。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いいえ一室ひとま借りまして自炊じすいです。」
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)