うらや)” の例文
あるいは俊夫君がある事件を解決して多額の報酬を貰うと、それをうらやんで、金員を分与せよなどという虫のいい要求を致してきます。
深夜の電話 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ある友が水盤すいばんといふものの桃色なるを持ちしを見てはそのうつくしさにめでて、彼は善き家に生れたるよと幼心にうらやみし事もありき。
わが幼時の美感 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
じっさい動物はうらやましい。私は、敏捷びんしょうに枝から枝へ、金網から地上へ跳びまわっている猿が羨望せんぼうに堪えなかった。実に元気な動物だ。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
老人はたくみな処世術にたいして尊敬を感じていて、自分にまったくできないことだと知ってるだけに、いっそうそれをうらやんでいた。
「如何とも致し難いですましていらっしゃられるのがうらやましうございますわ、少しはわたしたちの身にもなってごらん下さいましな」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
うらやましい、素晴すばらしく幸福そうな眺めだった。涼しそうな緑の衝立の蔭。確かに清冽せいれつで豊かな水。なんとなく魅せられた感じであった。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
ニーナ すばらしい世界だわ! どんなにわたしうらやましいか、それがわかってくだすったらねえ! 人の運命って、さまざまなのね。
岩本は知られないようにつけながら、……いよいよあの女らしいが、彼奴あいつどうしてものにしたろう、と、うらやましくてたまらなかった。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
地下室の中でも、彼は、遠方から地響じひびきの伝わってくる爆撃も夢うつつに、かたわらからうらやましがられるほど、ぐうぐうといびきをかいて睡った。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一方では自分の境遇と比べて見てうらやましくもあるが、一方ではおのが愛している猫がかくまで厚遇を受けていると思えば嬉しくもある。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「とにかく、一年でも二年でも、旅でゆっくり本の読めるだけでもうらやましい。加賀町なぞも君の仏蘭西行には大分刺激されたようだ」
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
屋敷の西側に一丈五六尺も廻るようなしいの樹が四五本重なり合って立って居る。村一番の忌森いもりで村じゅうからうらやましがられて居る。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そしてそれ/″\の人々が他の職業をうらやんでゐる。併し自分の第一義と信ずる仕事を職業となし得ぬのは何たる苦痛であらう。……
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
くだんの浪人者は、気もそぞろのふうで、のびあがり、肩で息をしながら、雪をいただいて帰る人びとをうらやましそうに見おくっている。
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
お舟はそれをうらやましいもののやうに見やりながらそつと涙を拭きました。何んにも言ひませんが、思ひは千萬無量と言つた姿です。
「それはうらやましいかぎりですね」と、自分の銀行における地位を考えたKは、言った。「ではあなたの地位は微動もしないのですね?」
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
「家は貧乏ですからね。けれども寛一や、チョコレートぐらいは、新太郎さんをうらやましがらなくたって、いくらでも買って上げますよ」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
じいさんがはからず大福運を得たすぐあとに、きっともう一度悪い爺さんがうらやんで真似そこなって、ひどい失敗をする段が伴なっている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「いただいています、僧正のこういう自由なお姿を見ているのは、私として、何よりの馳走に存じます。また、うらやましくも思われます」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
草木の美しさをうらやむなんて、余程自分の生活に、自分の心持ちに不自然な醜さがあるのだと、の朝つく/″\と身にみて考へられた。
椎の若葉 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
田舎の紳士が父祖伝来の土地に住むこと以上に、真に立派でうらやむべきことはないと父は心に決め、年じゅう自分の領地で暮らしています。
雪子の細胞には、他人のさういふ仕打ちの底の心理を察してうらやむだけの旧家きゅうか育ちの人間によくある、加虐性も被虐性も織り込まれてゐた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
彼女はまだ若かった父や母にねこの子のように育てられて来た。銀子の素直で素朴そぼくな親への愛情は、均平にもうらやましいほどだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
当時、島の内の自分の家にも奉公人が大勢いたから、自分は彼等があの唄をうたって遊ぶのを見ると、同情もし、またうらやましくもあった。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこには何等の努力も義務も附帯してはいない。あの純一無雑な生命の流露を見守っていると私は涙がにじみ出るほどうらやましい。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ソレ御覧、色狂いして親の顔にどろッても仕様がないところを、お勢さんが出来が宜いばっかりに叔母さんまで人にうらやまれる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
また奥州おうしゅうより出て来たあの田舎武士いなかぶしが、御大将おんたいしょうの眼前で晴れの武術を示すなど分に過ぎたる果報者かほうものだとうらやんだものもあったろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「おおおお、野郎どもうらやむなよ! 途方もねえ別嬪を貰うのだが、そいつあ好色で貰うのじゃねえ。別の考えで貰うのだからな」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
のみ足を投出し居るに九郎兵衞是を見て嗚呼御前おまへうらやましいわしは今此湖水こすゐに身を投やうか此帶で首をくゝらうかと思ひ居たりと云ふを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
彼はせた、静脈の透いて見えるような美しい皮膚の少年だった。まだ薔薇ばらいろの頬の所有者、私は彼のそういう貧血性の美しさをうらやんだ。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それがどんなにうらやましかったろう。そしてその多くの町の子たちが遊びの指導者でもあったのだが、彼らはよく裏切りもした。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
遊んでいながら出来る仕事は結構でうらやましいとか、お袋の話はなかなかまわりくどくって僕の待ち設けている要領にちょっとはいりかねた。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
七十六 この室に蝟集している人々がすなわち全人類のわずかなる遺族なんだ、この人々のほかに人は無い、けれど彼等は死んだ人の幸福をうらやんだ
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
それと共にいかに恋ゆえとはいいながらかほどまで義理も身も打捨てて構わぬ若い盛りの無分別ほどうらやましいものはないと思うのであった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
中にも青木女監取締りの如きは妾の倦労けんろうを気遣いて毎度菓子を紙に包みて持ち来り、妾のひとり読書にふけるをいとうらやましげに見惚みとれ居たりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
『えい、殘念ざんねんだ/\、此樣こんとき本艦ほんかん水兵すいへいうらやましい。』とさけんだまゝ、空拳くうけんつて本艦々頭ほんかんかんとう仁王立にわうだち轟大尉とゞろきたいゐ虎髯こぜん逆立さかだまなじりけて
自分よりは一つ年上のおいのRが煙草を吸って白い煙を威勢よく両方の鼻のあなから出すのが珍しくうらやましくなったものらしい。
喫煙四十年 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
政治上の罪は世人のうらやむところと聞けど我は之を喜ばず、一瞬時いちじの利害に拘々こう/\して、空しく抗する事は、余の為すあたはざるところなればなり。
我牢獄 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
言葉の端々に滲み出る妻への愛情、六兵衛は心の裡にうらやましさを感じながら別れを告げて出た、——と表に待っていた吉公が
おもかげ抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
酒をみ出した紳士のまはりの人たちは少しうらやましさうにこの豪勢な北極近くまで猟に出かける暢気のんきな大将を見てゐました。
氷河鼠の毛皮 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
近江屋も相当の身代ではあるが、井戸屋とは比較にならない。井戸屋の名は下町したまちでも知っているものが多いので、お妻はその幸運をうらやまれた。
経帷子の秘密 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大村は篤介の苗字みょうじだった。広子は「大村の」に微笑を感じた。が、一瞬間うらやましさに似た何ものかを感じたのも事実だった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
持っておられるのはうらやましいくらいだ。実にりっぱなものだし、無論ずいぶん高価なものにちがいない。あれは何歳くらいだと思いますかね?
しかもロンドン以外いがいまちにもわが東京とうきよう帝室博物館ていしつはくぶつかんぐらゐのものが無數むすうにあるのは、なんとうらやましいことではありませんか。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
この宴会に来たものは、永くその面白さを忘れずにいて、ポルジイが柄にない、気の利いた事をして、のん気に歓楽を極めているのをうらやんだ。
再縁再度の不幸を想いては佐太郎の妻となるべき女をうらやみ、佐太郎の一方ならぬ恩誼おんぎを思いては、この家を出てまた報ゆるの時なきをかこち
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
身長は五尺四寸を下るまいし、体重は少しせた時に二十貫といっていた位である。全く、うらやましい位見事な身体であった。
先ず大概はわれわれ骨人が憧憬どうけいしてやまないところの、充分な腕を並べていて、その陽気のために、うらやましくも悩ましい気にうたれるのである。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「そうか。うらやましいな。Wさんに附いて行くのだから、途中でまごつくことはあるまいが、旅行はどんな塩梅あんばいだろう。僕には想像も出来ない」
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
年少不良の徒の歌に、私はしばしば、飛びあがる様に新しくて、強い気息を聴いて、ひそかにうらやみ喜んだ事も、挙げよとなら若干の例を示す事が出来る。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)