いと)” の例文
いずれにしろ、釣るとか捕まえるとかするほかはないのだが、いともなければはりもない。網の代用になるようなものも思いつかない。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
○鯉釣場にして、いはゆる浅草川の紫鯉を産するところなれば、漁獲の数甚だ多からざるにかゝはらず釣客のいとを垂るゝもの甚だ少からず。
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
竿の弾力も、この為めに必要なのです。斯う懸けてさへ仕舞しまへば、後はあわてずに、いとを弛めぬ様に、引き寄せるだけで、間違ひ無いです。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
世界丸といふ名前丈け素晴らしい欄干附の遊船で船頭としては遊び半分の漁師の子が三人乗つた。四十島まで六七町もあらうか。其蔭でいとを垂れた。
坊つちやん「遺蹟めぐり」 (新字旧仮名) / 岡本一平(著)
走るものは以てあみを為すべし、游ぐものは以ていとを為すべし、飛ぶものは以ていぐるみを為すべし。竜に至ってわれ知る能わず、その風雲に乗りて天に上るを。
市民おのおのその欲する所をほしいままにする事を得たりしかば、南岳白日衣をまとはず釣竿を肩にして桜田門外に至りいと御溝おほりに垂れて連日鯉魚十数尾をて帰りしといふ。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
拙者がいとを垂れると魚類が争って集まって参り、ぜひ道庵さんに釣られたい、わたしが先に釣られるんだから、お前さんわきへ寄っておいでというような具合で
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
中禅寺では夏のうちは鱒は釣れない事になつてゐるのを、この阿爺おやぢさんはいとを垂れるが早いか、十五六ぴきの鱒を釣りあげたので、土地ところの漁師を吃驚びつくりさせてしまつた。
はしものもつ(八)あみく、およものもつ(九)いとく、ものもつ(一〇)いぐるみし。りよういたつては、われ風雲ふううんじようじててんのぼるをることあたはず。
すると百坪ほどもあらうと思ふ平らな岩礁を発見したので、磯釣りには屈強の場所と舟から岩へ飛び移り、静かにいとを垂れてゐると、突然その島が動き出し、否や泳ぎ出した。
東京湾怪物譚 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
「そら叔父さんいとが……」雪江は私に注意した。釣をする人たちによって置かれた綸であった。松原が浜の突角に蒼く煙ってみえた。昔しの歌にあるような長閑のどかさとうららかさがあった。
蒼白い月 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いとを垂れて魚のかかるを待っているだけのことで、岡目には如何にも馬鹿らしいことだろうが、本人に至ってはなかなか以て懸命の苦心、浮標うきをあてにするようだと誰しも言われたくないので
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
岩石の中央に一小祠あり、稱して浦島太郎がいとを垂れたるの古跡と爲す。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
疲れた時には舟の小縁へ持って行ってきりを立てて、その錐の上にくじらひげを据えて、その鬚に持たせたまたいとをくいこませて休む。これを「いとかけ」と申しました。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いとに狂ひ、波を打ち、一進一退、牽けども痿えず、はなてども弛まず、釣客をして、危懼きくしながらも、ぞくぞく狂喜せしむるものは只鱸のみにて、釣界中、川魚の王は
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
岸からいとれている男もあった。道太はことに無智であった自分をおもいだした。がけの上には裏口の門があったり、塀が続いたりして、いい屋敷の庭木がずっと頭の上へ枝を伸ばしていた。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いとの性質、鉤の形などを論ずるも、実は遊びの中にして、弾丸たまと火薬との量の比例、火薬の性質、銃の重さの分配のさま、銃床の長さ、銃の式などを論ずるも、また実は楽みの中なるをや。
鼠頭魚釣り (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
竿を手にして、一心に魚のシメこみうかがった。魚はかたの如くにやがて喰総くいしめた。こっちは合せた。むこうは抵抗した。竿は月の如くになった。いと鉄線はりがねの如くになった。水面に小波さざなみは立った。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
自分は自分のシカケを取出して、穂竿ほざお蛇口へびくちに着け、釣竿を順につないで釣るべく準備した。シカケとは竿以外のいとその他の一具いちぐを称する釣客の語である。その間にチョイチョイ少年の方を見た。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)