物怪もののけ)” の例文
物怪もののけなどというものもこうした弱り目に暴虐をするものであるから、御息所の呼吸はにわかにとまって、身体からだは冷え入るばかりになった。
源氏物語:39 夕霧一 (新字新仮名) / 紫式部(著)
急に店がさびれ出して、さきほども申し上げましたように、まるで物怪もののけに憑かれたように暗くじめじめとしておりました家の中が
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
この交替と引きつぎが済んでしまった後、気のせいか、この間の晩のように、柳の木蔭にまだ何か物怪もののけが残っているようです。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
兄弟は静かに退き、それにつづく沈黙の間、彼のまわりの物怪もののけのような姿は、彼ひとりを立たせたままいっせいに跪いた。
一種の物怪もののけに憑かれたように焦れ狂っている主人を、おだやかに取り鎮めるものは小坂部のほかは無いので、侍従もひたすらにかれの戻りを待ち佗びていた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
日北上ひほくじょうの極とはいえ、涼風とともに物怪もののけの立つ黄昏時、呼吸するたびに揺れでもするか、薬師縁日の風鈴が早や秋の夜風を偲ばせて、軒の端高く消ぬがにも鳴る。
どこと云って三界さんがい宿なし、一泊御報謝に預る気で参ったわけで。なかなか家つきの幽霊、たたり物怪もののけを済度しようなどという道徳思いも寄らず。実は入道さえ持ちません。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見る見る老女のいかりは激して、形相ぎようそう漸くおどろおどろしく、物怪もののけなどのいたるやうに、一挙一動も全くその人ならず、足を踏鳴し踏鳴し、白歯のまばらなるをきばの如くあらはして
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そうして夜の東海道を物怪もののけのように走り去った時——そうしてその駕籠から何物か、地上へポンと落とされた時——そうしてそれを小一郎が、不思議に思って拾い上げた時
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三十歳、四十歳を多く出ぬまに、夭死わかじにする者が多かった。——これをまた、物怪もののけの祟りとし、菅原道真の怨霊がなすところであるという説を、かれらは本気で信じたのである。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
有王は、主の心に物怪もののけいたものとして、帰洛の勧めを思い切るよりほかはなかった。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「ますます不思議じゃ、どうしても、これは何かの物怪もののけじゃ」
不動像の行方 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
一 柘榴ざくろ屋敷に物怪もののけの沙汰
風流化物屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「あなたは普通のお身体からだでないのですから、物怪もののけ徘徊はいかいする私の病室などにはおいでにならないで、早く御所へお帰りなさいね」
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
お角に呼び留められた米友は、てんで気を呑まれてしまったが、この覆面の女に見据えられたお角は、物怪もののけにつかれたように立ちすくんだのは稀れに見る光景であります。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
家の中全体がこう何か眼に見えない墓場のような物怪もののけに包まれているものですから、すること為すことが、ただもう陰気なじめじめとしたものに見えて仕方がなかったのでございます。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
これがためにこそ餓えたり、傷付いたれ、物怪もののけある山に迷うたれ。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「さながら物怪もののけにでも憑かれたような。困ったものじゃのう。」
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
他の人に物怪もののけを移し、どんなものがこうまで人を苦しめるかと話をさせるため、弟子の阿闍梨あじゃりがとりどりにまた加持をした。
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そうだとすればなにも、恐怖も物怪もののけもあるべき筋ではない。月は明るいけれども、足許の用心のために特に提灯を用意したまでのことだ——とお雪も、やっと合点がゆきました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ただ聞えてくるものとては遥かの相模灘さがみなだから吹き上げてくる強い海風を受けて、物怪もののけでも棲んでいそうなほど鬱蒼うっそうたる全山の高いこずえが絶え間もなく飄々ひょうひょうたけっているばかりであった。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
物怪もののけの仕業であろうも知れぬ。はし近う出ていて過失あやまちすな」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「怪しいことね。物怪もののけか何かがいたのだろうか。あるいはと思うこともあるけれど、石山まいりの時はけがれで延びたのだし」
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
物怪もののけでない限り、提灯だけが一つさまよい歩くという道理はありません。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
物怪もののけに襲われた気持というのはこれをいうのか、竦然ぞっとして足がすくんで、ただザワザワと全身の毛穴が粟膚あわはだだってきた。逃げるにも逃げられず進むにも進まれぬ気持というのがこれであったろう。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
衣笠はゆうべ物怪もののけに襲われたというのであった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その様子に不審を抱く人もあって、物怪もののけいているのであろうとも言っていた。源氏は右近を呼び出して、ひまな静かな日の夕方に話をして
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
駒井は物怪もののけから物を尋ねられたように感じながらうなずいて見せると
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
去年から太后も物怪もののけのために病んでおいでになり、そのほか天のさとしめいたことがしきりに起こることでもあったし
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
物怪もののけが油断をさせようと一時的に軽快ならしめていたのかと女房たちは騒ぎだした。効験のいちじるしい僧が皆呼び集められて、病室は混雑していた。
源氏物語:39 夕霧一 (新字新仮名) / 紫式部(著)
御自身のお返事もおもらいになれないままで暗くなってまいりますのに悲観をあそばしましてとうとう意識をお失いになりましたのに物怪もののけがつけこんで
源氏物語:40 夕霧二 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「なぜあなたはこんな顔色をしているのだろう。しつこい物怪もののけだからね。修法しゅほうをもう少しさせておけばよかった」
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
きした物怪もののけが執念深いものであったこと、いろいろとちがった人の名を言って出たりするのが恐ろしいということ、などを申していた話のついでに
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
以前も一度こんなふうになった夫人が蘇生そせいした例のあることによって、物怪もののけのすることかと院はお疑いになって、夜通しさまざまのことを試みさせられたが
源氏物語:41 御法 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「私はもう下がってまいろうと思います。いつもの物怪もののけは久しくわざわいをいたしませんでしたのに恐ろしいことでございます。叡山えいざん座主ざすをすぐ呼びにやりましょう」
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
物怪もののけが御出産を遅れさせているのであろうかとも世間でうわさをする時、宮のお心は非常に苦しかった。
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
物怪もののけ生霊いきりょうというようなものがたくさん出て来て、いろいろな名乗りをする中に、仮に人へ移そうとしても、少しも移らずにただじっと病む夫人にばかり添っていて
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
陰陽師おんようじなども多くは女の霊がいていると占っているので、そうかもしれぬと大臣は思い、他へ憑きものを移そうとしてもなんら物怪もののけの手がかりが得られないのに困り
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「この間からそのことをよくお話しになるのですが、物怪もののけが人の心をたぶらかして、そんなふうのことを勧めるのでしょうと申して私は御同意をしないのでございます」
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
御息所は物怪もののけで重くわずらって小野という叡山えいざんふもとへ近い村にある別荘へ病床を移すようになった。
源氏物語:39 夕霧一 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そして何もはげしく病人を悩まそうとするのでもなく、また片時も離れない物怪もののけが一つあった。
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
一品いっぽんみや様が物怪もののけでわずらっておいでになって、本山の座主ざすが修法をしておいでになりますが、やはり僧都が出て来ないでは効果の見えることはないということになって
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
今も人に故人を憎悪ぞうおさせるばかりである名のりを物怪もののけが出てするということも六条院はあくまでも秘密にしておいでになったが、自然に人がうわさをしてお耳にはいってからは
源氏物語:38 鈴虫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
美人でもあったが、ひどい物怪もののけがついて、この何年来は尋常人のようでもないのである。
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
物怪もののけ仕業しわざでしょうね。普通のふうにお見えになる時もなくて始終御病気続きでね。
源氏物語:56 夢の浮橋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
正気でこんなことをする夫人であったら、だれも顧みる者はないであろうが、いつもの物怪もののけが夫人を憎ませようとしていることであるから、夫人は気の毒であると女房らも見ていた。
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「まあこんな人でもお慰めに御覧なさいましよ。いつもお気分がすぐれないようにおやすみになっていらっしゃるのは物怪もののけなどがおしあわせの道を妨げようとするのかもしれませんね」
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「しかしこれは物怪もののけの所業だろうと思われる。あまりに取り乱して泣くものでない」
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
あおい夫人は物怪もののけがついたふうの容体で非常に悩んでいた。父母たちが心配するので、源氏もほかへ行くことが遠慮される状態なのである。二条の院などへもほんの時々帰るだけであった。
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
動かしてみてもなよなよとして気を失っているふうであったから、若々しい弱い人であったから、何かの物怪もののけにこうされているのであろうと思うと、源氏は歎息たんそくされるばかりであった。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)