そら)” の例文
この節廻ふしまわしも合いの手もことごとくそらんじてしまっているが、あの検校と婦人の席でこれをたしかに聞いた記憶が存しているのは
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
講義になるとすると、私の講義はそらではやらない、云う事はことごとく文章にして、教場でそれをのべつに話す方針であります。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
遂には彼處此處かしここゝそらんじたりしが、其後先生の御作にして我が目に觸れしもの一として讀み落したるものもなく、古きをもあさり求めしかば
昼は一日書物を睨んで定石をそらんじ、夜は碁会所に現はれて、忽ち実戦に応用する、といふ熱中ぶりだ。三ヶ月間つづいた。
囲碁修業 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
もとより山のことにかけては何事でもそらんじているこどもを、麓の土民たちはその山の神と呼んだ。そしてかしずき崇むる外に山に就ての知識を授けて貰った。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
まあ百人一首なぞを教えましょう、すると二度か三度も教えるともうその歌をそらで覚えてしまいます……貴方の前ですが、恐しいほど記憶の好い児なんですよ……
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
巨盜の幽靈の手紙は、明かに紛失ふんしつしましたが、幸ひ總右衞門が文句をそらんじて居るのと、留吉が筆跡や紙をよく見て置いたので、大體のことは平次にも想像がつきます。
そらんずることが出来ても、政治をゆだねられて満足にその任務が果せず、諸侯の国に使して自分の責任において応対が出来ないというようでは、何のためにたくさんの詩を
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
私はもう、どこに何が売られているかを大抵はそらで覚えている。どこで何が取り引きされるかも見知っている。だが、私の持って来た米はどう処分したらいいか。早く金に替えたい。
土地そのものとしては、いまだ未踏の地だが、名に聞いているというよりも、元亀天正以来の歴史と伝記の本でそらんじきっていることを、お角さんは気がつかなかったのがおぞましい。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして其前の文句もそらで覚えてしまふ位であつた。
秋の第一日 (新字旧仮名) / 窪田空穂(著)
彼は坊主ではなかつたが、学生時代には印度哲学を専攻したために、二三の短い経文はおぼろげながらそらんじてゐたから。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
偏屈人に対しては妙に心理洞察のカンのある彼は、食道楽であるこの中老紳士の舌を、その方面からそらんじてしまって、嗜慾しよくをピアノの鍵板けんばんのように操った。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
二人は登場人物の本名ほんみょうをみんなそらんじている。三四郎は耳を傾けて二人の談話を聞いていた。二人ともりっぱな服装なりをしている。おおかた有名な人だろうと思った。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
都下の新聞はすべて読み、その報道の嘘もまことも、そのままそらんじていた。彼のつくる小説も勿論もちろん知っていた。小説家というものが意外にも物知らずなのには、むしろ驚いた風があった。
遺産 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
たゞ折々読んで居るのは仏蘭西物の詩だの小説だの、それでなければ美術に関する書籍ぐらいで就中絵画と彫刻の事だけは西洋は勿論印度支那日本の方面迄も一と通りそらんじて居たようでした。
金色の死 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ほどなく経文をそらんじて諷経に唱和し、また作法を覚えて朝夜の坐禅に加はり、敢て三十棒を怖れなかつた。
閑山 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
ことごとくひよろ/\してゐると訴へてゐた。二人ふたりは登場人物の本名をみんなそらんじてゐる。三四郎は耳を傾けて二人ふたりの談話を聞いてゐた。二人ふたり共立派な服装なりをしてゐる。大方おほかた有名なひとだらうと思つた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
この狸は通称を団九郎と言い、眷属けんぞくでは名の知れた一匹であったそうな。ほどなく経文をそらんじて諷経ふうきょうに唱和し、また作法を覚えて朝夜の坐禅ざぜんに加わり、あえて三十棒を怖れなかった。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そのへんはすべてをそらんじている菅谷の城下お膝元、自慢ではないが、自分の土地について、自分の知らないことを人が知っているような不案内な所が、一ヶ所でもあろうとは思われぬ。