斑点しみ)” の例文
旧字:斑點
部屋の隅にある古箪笥ふるだんすに眼をつけると立ち上がって、その上の何やら斑点しみのあるのを透して見た上懐ろ紙を出して静かに拭きました。
これにはもっともの理由わけがあった。他がどんなに綺麗でも、爪に一点の斑点しみがあったら、貴族の婦人とは見えないからであった。
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
父親は何もすることなしに、毎日毎日こうしてだらけたような生活に浸っていた。皮膚に斑点しみの出た大きい顔が、むくんでいるようにも思えた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
シュポーニカの筆記帳はいつもきれいで、いつぱいに罫がひいてあつて、どこを開いて見ても斑点しみ一つついてゐなかつた。
巴里パリーの舞踏場でイボンと踊ったうるし塗靴ぬりぐつは化物のように白い毛をふき、ブーロンユの公園の草の上にヘレーネとよこたわった夏外套なつがいとうも無惨な斑点しみを生じた。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
下瞼のたるみが増して、なすび色の斑点しみが骨高い頬のあたりに目立っている。咳をするたびにこれが赤ばむ。
神楽坂 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
何かしらところどころに暗い斑点しみが見分けられて、何かそこにあるなと想像されるくらいなものであった。
それでも、自ら責めているふうをまだ誇張して見せ、かすれたしゃくり泣きを喉から押し戻し、ひっぱたき甲斐がいのある、その醜い顔の、ぬかみたいな斑点しみを、大水おおみずで洗い落としている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
あめいろをした甕の地にあざのような焼きの斑点しみが、幾十となくあった。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
窓の一つをじっと見つめているうちに、ぼくは、ふとなにやら白っぽい斑点しみに気がつく。そのしみは、ちっとも動かずいちめんに暗い茶色をした背景の上に、四角い輪廓りんかくをくっきり浮きたたせている。
かき (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
小屋と木立だけが空と地との間にあって汚ない斑点しみだった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
まず戸口から青竹の杖が、一本スッと突き出され、つづいて血飛沫ちしぶき斑点しみをつけた裾と、土にまみれた足もとがはいって来た。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
額は昨夜のうちに、打ちみが大きく紫色にれあがったので、赤い布を巻きつけてあった。鼻もまた、一晩のうちにひどく腫れあがって、打ちみが斑点しみのように幾つもできていた。
斑点しみの多い母親の目縁まぶちが、少し黝赭くろあかくなって来た時分に、お庄の顔もほんのりと染まって来た。色の浅黒い、せぎすな向うの内儀さんは、膝に拡げた手拭の上で、飯を食べはじめた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
たばになって倒れた卒塔婆そとばと共に青苔あおごけ斑点しみおおわれた墓石はかいしは、岸という限界さえくずれてしまった水溜みずたまりのような古池の中へ、幾個いくつとなくのめり込んでいる。無論新しい手向たむけの花なぞは一つも見えない。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あとかたもなく青い斑点しみは消えてゐた。
忘春詩集:02 忘春詩集 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
空色の面紗でも張り廻わしたように、蒼々と拡がっている夜光虫の光へ、一所ひとところクッキリと斑点しみを附け、桃色の灯火が燃えているのであった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
たばになつてたふれた卒塔婆そとばと共に青苔あをごけ斑点しみおほはれた墓石はかいしは、岸とふ限界さへくづれてしまつた水溜みづたまりのやうな古池ふるいけの中へ、幾個いくつとなくのめり込んでる。無論むろん新しい手向たむけの花なぞは一つも見えない。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それきり青い斑点しみになつてしまつた。
忘春詩集:02 忘春詩集 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
岩山の裾に黒々と斑点しみのような物の見えるのは、おおかた人穴の入口であろう。と、そこから吐き出されたように、二つの人影が現われた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
諸所に斑点しみがあった。斑点はゆるゆると動いて行った。絹糸のような片雲であった。眼界をかすめて飛ぶものがあった。雀でなければからすであった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ポッツリと浮かんだ一つの斑点しみ。すなわち四人の人々を乗せた飛行自在の熊の皮である。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
月光ひかりの中へ出て、いよいよ白く見える老人の白髪は、そこへ雪が積もっているかのようであり、洋犬のように長い顔も、白く紙のようであった。顔の一所ひとところに黒い斑点しみが出来ていた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
茫々と展開ひらけている芒の原には、春の陽がなんどりとあたってい、小松が斑点しみのようにところどころに生え、小丘が波のうねりのように、紫ばんだ陰影かげをもって、すすきの上に起伏していた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)