撥無はつむ)” の例文
それとも私が人間でなくなるのか? ……何方どっちだか其は分らんが、兎に角互の熱情熱愛に、人畜にんちく差別さべつ撥無はつむして、渾然として一にょとなる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
憎愛の二極を撥無はつむして、陰陽を統合した太極というような形の愛、それは理論的に考えて見られぬでもないことではあるが
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
一体太古の人間が一人一人穴居から這い出して来て、化学の原子のように離れ離れに生活していただろうと思うのは、まるで歴史を撥無はつむした話だ。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
動物や自然人には贈答や送迎の必要がないかも知れませんが、こういう功利主義以上の感情生活を撥無はつむして何処どこに文化人の生活があり得るでしょうか。
婦人指導者への抗議 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
一つは世上の価値の差別を撥無はつむすることである。種姓も美醜も、階級の貴賤も、官位も長幼も、すべて人の貴さには関するところがない。人は平等である。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
此の世の中の表裏をて取つて、構ふものか、といふ腹になつて居る者は決して少くは無く、悪平等や撥無はつむ邪正の感情に不知不識しらずしらずおちいつて居た者も所在にあつたらう。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
撥無はつむして、渾然こんぜんとして一如となる
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そして或る世界が——時間と空間をさえ撥無はつむするほどの拡がりを持った或る世界が——個性の中にしっかりと建立こんりゅうされる。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その宣告、その評論は縱令たとひ絶對の上よりしても實相を撥無はつむすべからず。盜む者と盜まるゝ者と、みな是なり、皆非なりといひてはおそらくは裁判にはなるべからず。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
ここに現象と本体との区別は全然撥無はつむされる。世俗諦せぞくたい(シナにおいてはこの語は自然的態度における真理の義に解された)と、勝義諦しょうぎたいあるいは第一義諦との区別もない。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
早く神を撥無はつむしたわたしも
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ただ一切分別の念を撥無はつむした最も直接なる体験においてのみ感得せられる。人はその一切の智慧を放擲ほうてきして嬰児えいじのこころに帰ったときに、この栄光にちた無限の世界に摂取せられるのである。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)