くじ)” の例文
この冷やかな調子と、等しく冷やかな反問とが、登場の第一歩においてすでにお延の意気込をうらめしくくじいた。彼女の予期ははずれた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
諸将はこのことを知らぬから、行長の決然たる壮語、叱咤、万億の火筒の林も指先でくじくが如き壮烈無比なる見幕に驚いた。怒り心頭に発したのは如水。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
憎しと思うやからの心やぶはらわた裂け骨くじけ脳まみれ生きながら死ぬ光景をながめつつ、快く一杯を過ごさんか。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
渠はこの憤りと喜びと悲しみとにくじかれて、残柳の露にしたるごとく、哀れにしおれてぞ見えたる。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「太郎左衛門がうまいたつて、どれ程の事があらう、今日は一つ自慢の鼻をくじいてやらなくつちや。」
「このたびの大合戦に、さしもの明智軍をも一日に撃ちくじき、亡父ちち信長のうらみを散じ得たのは、まったく御辺たちの忠節と奮戦によるものであった。信孝、忘れはかぬぞ」
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれは河ごしは濟みたりと笑ひて、綱をゆるむる如くなりしが、こたびは我脊をきびしく縛りて、その端を鞍にひつけ、鞍をしかと掴みておはせ、墜ちなば頸の骨をやくじき給はんといひて
もっとも町人の事なれば、そうなってみると、おのが身代が惜しゅうなって、気がくじけていまいとは限らぬが、もしも、さような事になれば一文無しのこっちの方が、かえって確かなもの。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それゆえにこそ、実に一口に言おうとて言えないくらい、さまざまに胸のくじける思いをして、やっと今晩という今晩、またと得られない機会をとらえてこうして女の家に入り込んだのである。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
合気の術は剣客武芸者等の我が神威を以て敵の意気をくじくので、鍛錬した我が気のさえを微妙の機によって敵に徹するのである。正木まさき気合きあいはなしを考えて、それが如何なるものかをさいすることが出来る。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
時々は母に向ってじかに問いただして見たい気も起ったが、母の顔を見ると急に勇気がくじけてしまうのがつねであった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たといこの天地がくじけるとも女を見なければ気が済まぬのである。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ある者はくじいてずいを吸い、ある者は砕いて地にまみる。歯の立たぬ者は横にこいてきばぐ。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)