ひろ)” の例文
かく言ふ間もせはしげに我が靴を脱ぎて、其処そこに直すと見れば、背負ひし風呂敷包の中結なかゆひを釈きて、直行が前に上掛うはがけの油紙をひろげたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「さ、これをあげましょう」と下締したじめを解く。それを結んで小暗い風呂場から出てくると、藤さんが赤い裏の羽織をひろげて後へ廻る。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
途中ずっと、宿へ着く毎に例の書付をひろげては暗誦あんしょうしながら、急ぎに急いで、江戸邸へと入ったのは十月二日夕刻であった。
蕗問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
旦那様はこまかい活版刷の紙をひろげて御覧なさる、皆さんが無遠慮な方ばかりです。「こりゃひどい、まるで読めない」と旦那様はその紙を投出しました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「無礼なっ。何を、つべこべ、講釈をひろげるか? かようの、あやふやな人形を、証拠品などと、大切そうに——」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
一心に長い手紙をひろげてゐる、お文の肉附のよい横顔の、白く光るのを、時々振り返つて見ながら、源太郎は、めひう三十六になつたのかあアと、染々しみ/″\さう思つた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
青白い顔をした女が可厭いやあな眼付をして、真白な猫を抱いてゐたらう? 卓子ていぶるの上にはひろげた手紙があつて、女の頭へ蔽被おつかぶさる様に鉢植の匂ひあらせいとうが咲いてゐた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
眼を細目にいて様子を見て居りますと、布団ふとんの間に挟んであった梅三郎の紙入を取出し、中から引出した一封の破れた手紙をすかして、ひろげて見て押戴おしいたゞ懐中ふところへ入れて
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ひろげて二面の電報欄を指した。見ると或地方で小学校新築落成式を挙げし当日、ろうかてすりが倒れて四五十人の児童庭に顛落てんらくし重傷者二名、軽傷者三十名との珍事の報道である。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その包み紙に字が書いてあった。もしやとひろげて読み下して、小万は驚いて蒼白まッさおになッた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
彼はその電報を卓子テーブルの上にひろげて、拳を固めてどんと卓子テーブルを打って叫んだ。
たとえば浮世絵の巻物をひろげて見たように淡暗い硝子の窓に毎日毎日映って来た社会のあらゆる階級のさまざまな人たち、別離わかれと思えば恋も怨みも皆夢で、残るのはただなつかしい想念ばかりである。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
勝入は、陣羽織の襟裏えりうらから、一片の山地図を出してひろげた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は腹這ひになつて、ひろげた頁へ目をさらして行つた。
脊のひくい硝子箱のなかにひろげてあつた。
光をかかぐる人々 (旧字旧仮名) / 徳永直(著)
東京へ帰るという問題から逃げるために、敦夫は少しその記録を調べるからと云って病室を辞し、洋館へ入って卓子テーブルの上へその古冊子をひろげた。
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
庭に向へる肱懸窓ひぢかけまどあかるきに敷紙しきがみひろげて、宮はひざの上に紅絹もみ引解ひきときを載せたれど、針は持たで、ものうげに火燵にもたれたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
やがていつものやうにお夕飯が済むと、青木さんはしばらくそこいらで妻楊枝をお使ひになりながら、朝の新聞をひろげて飛び/\に読んだりしてゐられた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
文箱ふばこの中から出ましたのは、艶書ふみの束です。奥様は可懐なつかしそうにそれをやわらかな頬にりあてて、一々ひろげて読返しました。中には草花の色もめずに押されたのが入れてある。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
源太郎は、蝋燭の火でやつと一服煙草を吸ひ付けると、掃除のわるい煙管をズウ/\音させて、無恰好に煙を吐きつゝ、だらしなくひろげたまゝになつてゐる手紙の上に眼を落した。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
うれしいような、馬鹿にされたような——こんな言葉は車屋と、乞食の使う言葉で、使われる奴は、五十歳以上というように感じていた私は、その手紙をひろげて、にやにや笑いながら
死までを語る (新字新仮名) / 直木三十五(著)
机の上には、新井白石の「東雅」がひろげてある。覚書を取るための、筆や紙も出してあるが、その筆写本の頁は、まだ三枚と進んではいなかった。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あちらの押入から出して来た洗吉さんのお蒲団を縁先の日向へひろげて、上蒲団の襟当の汚れてゐるのを解きはづしてゐたが、後に裏で一二枚洗ひものをして
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
手紙を前にひろげて、ヂツと腕組をしてゐた源太郎は、やゝ暫くしてから、からになつた食器が籠に入つて雇女の手で河の中からり上つて来たのを見たので、突然銀場の方を向いて
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
飯櫃おはちの蓋を取つて、あつめ飯の臭気にほひいで見ると、丑松は最早もう嘆息して了つて、そこ/\にして膳を押遣おしやつたのである。『懴悔録』をひろげて置いて、先づ残りの巻煙草まきたばこに火を点けた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
手紙をひろげて、読んでいるのは、山田一郎右衛門で、その横で、その前で、腕を組んだり、時々蝋燭の心を切ったり、手紙を覗き込んだり、俯向いたり、眼を閉じて聞き入ったりしている人々は
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
こう云って、主馬は、ふところから紙入を出し、その中から一枚の小さな紙片を抜いて、そこへひろげた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おくみはかう思つて行李を開けて、中程に這入つてゐるその帯を、そつと引き出してひろげて見た。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
郊外の中野の方に住む友人の手紙が岸本の前にひろげてあった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ちぎった書き崩しを拾って、くちゃくちゃに揉んだのをひろげて、しわを延ばして畳んで、また披げて、今度は片端から噛み切っては口の中で丸める。いつしかいろいろの夢を見はじめる。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
折畳んであった奉書をひろげて見せて
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)