技倆ぎりょう)” の例文
しかも華麗を競ふたる新古今時代において作られたる技倆ぎりょうには、驚かざるを得ざる訳にて、実朝の造詣ぞうけいの深き今更申すも愚かに御座候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
恐らく、兵さんから、あの特種な、鰻取りの技倆ぎりょうと、泳ぎの手練しゅれんを除いたら、あの男は、或いは、世間の人から撲殺されたかも知れない。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
己はその度毎に、お勝の技倆ぎりょうに敬服して、好くも外の子供を糾合してあんな complotコムプロオ の影を幻出することだと思った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
専門技倆ぎりょう的に巧でないが、真率しんそつに歌っているので人の心をくものである。この歌には言語のなまりが目立たず、声調も順当である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
これはあくまでも澄み切った芸で、真の音楽として批判すれば一段上の技倆ぎりょうがあるとも言えると、こんなふうに源氏は思った。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
鉄扇で相手をするという! 小癪こしゃくの態度と思ったが、すでに現われた三人の敵で、敵の技倆ぎりょうは知れている。いずれも素晴しい手利てききである。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
専門には相違ないが、例えば芝居を見ても団十郎だんじゅうろうとか菊五郎きくごろうとかいう名人がおっても、これを批評するものがないとその真の技倆ぎりょうは分らない。
政治趣味の涵養 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
ことに文学において日本婦人はあなどりがたい技倆ぎりょうを古代においてしばしば実現しているから相当の自信を持ってよかろうと思う。
婦人と思想 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
猫と生れた因果いんがで寒月、迷亭、苦沙弥諸先生と三寸の舌頭ぜっとうに相互の思想を交換する技倆ぎりょうはないが、猫だけに忍びの術は諸先生より達者である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし自ら養う一つの技倆ぎりょうをも持ちあわせない私としては、自分の性に合ったことでどうにか暮してゆけるのを喜びとしなければなりますまい。
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
文学の素養深き人の詩的興快を動すことはなはだ覚束ないものではあるまいか、それは天才的大手腕家が出てきて技倆ぎりょうを振われたら知らぬこと
竹乃里人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
柳葉りゅうようを射たという養由基ようゆうき、また大炊殿おおいでんの夜合戦に兄のかぶとの星を射削ッて、敵軍のきもを冷やさせたという鎮西ちんぜい八郎の技倆ぎりょう、その技倆に達しようと
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
恐れるのは武人の技倆ぎりょうである。正義それ自身も恐れるに足りない。恐れるのは煽動家せんどうかの雄弁である。武后ぶこうは人天を顧みず、冷然と正義を蹂躙じゅうりんした。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
また、バイオリンをいえまえっては、じっとそのみみかたむけました。いているひとにどれほどの技倆ぎりょうがあろう。
海のかなた (新字新仮名) / 小川未明(著)
青年の人柄も人柄なら、その技倆ぎりょうにも女の魂を底から揺り動かす魅力があった。室子がいくらあせって漕いでも、相手の艇頭はぴたと同じところにある。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そして伊兵衛の技倆ぎりょうを見て、ぜひ当家に仕えるようにと云ったが、それは前任者を排して召抱えるのではなく、新たに人増しをするというのであった。
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
されどこれらの稚気と未完成とはただちに以て春信独特の技倆ぎりょうとなさざるべからず。これらの欠陥よりして春信のあらゆる特徴は発揮せられつつあるなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それへ上手じょうずに灰を掛けて、朝は真赤なおきになっているようにして置く事が、今でも家刀自いえとじ技倆ぎりょうであり、また威望の根拠でもあるごとく見られていた。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
また彼の技倆ぎりょうを疑える者は、彼がそこなえばよい、自分が代って見事にって見ようというものもあったであろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
また派遣特務員の信頼するに足る技倆ぎりょうからいっても、この事件は目的を達するまで遂に全く秘密裡ひみつりにおかれるのではないかと思われたのであるけれども
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そんな案配であるから、彼の天才を信じるも信じないも、彼の技倆ぎりょうを計るよすがさえない有様で、私が彼にひきつけられたわけは、他にあるのにちがいない。
ダス・ゲマイネ (新字新仮名) / 太宰治(著)
何よりもいことに、街子は父親の仕事を好きなばかりでなく、父親の技倆ぎりょうを尊敬さえしていたことです。
最初の悲哀 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
一ツ一ツやがてくれけり千松島とつらねし技倆ぎりょうにては知らぬこと、われわれにては鉛筆えんぴつの一ダース二ダースつかいてもこの景色をいい尽し得べしともおもえず。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
女歌手の味方である諸新聞は、事件には言及しなかったが、筆をそろえて彼女の技倆ぎりょうを称揚し、彼女が歌った歌曲リードは、ただ報道として列挙したにすぎなかった。
内地の事ではあるが自分の敵を滅ぼすに足るだけの技倆ぎりょうを備えて、善にもあれ悪にもあれ残酷ざんこくな遣り方で自分の望み通り敵を滅ぼしとげた位の人物であるから
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
で、今の所、もう三、四年も働いて、いささか目鼻が明き、技倆ぎりょうも今一段進歩した時分、配偶者のことなど考えて見ても決して遅くはないと思っていたのであった。
その用いる道具は何処の何某が作ったものであり、その技倆ぎりょうはどれほどのものであるかが分っていた。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
きの『隅田川』の狂女の句と同じように、こういう歴史的の句を作るという事もまた作者の一技倆ぎりょうではあるが、しかし下手へたにやると見られぬものになってしまう。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
機関士が思いのままに使える蒸気を機関助士につくる技倆ぎりょうがなかったり、あっても腕を現わすことを拒んだとしたら、列車はやがて止ってしまうよりほかに仕方がなくなる。
いやそろそろ政略がるようになった。妙だぞ。妙だぞ。ようやく無事に苦しみかけたところへ、いい慰みが沸いて来た。充分うまくやって見ようぞ。ここがおれの技倆ぎりょうだ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
「いかがいたした、詮議せんぎの事は。——かねて国家老大村郷左衛門より、そちの技倆ぎりょうを見込んで、とくと申しつけてあったに、遂に今にいたるまで、何の効もあがらぬではないか」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
衣笠きぬがさ氏の映画を今まで一度も見たことがなかったが、今度初めて見てこの監督がうわさにたがわずけた違いにすぐれた頭と技倆ぎりょうの持ち主だということがわかったような気がする。
映画雑感(Ⅲ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
西洋料理人でも日本料理人でも今の有様はえんの下の力持、誰が好い腕を持っている、誰が何料理を得意にすると各々おのおの独得の技倆ぎりょうを持っていながららに世人へは知れていません。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
技倆ぎりょうの卓越した人であるだけに、この近所で引っ張りだこになっていて、毎日夜の十一時過ぎまで夜食にも戻らずに往診に廻っていると云う風なので、つかまえるのが容易でなかった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そのころ、漸くにして、自分の技倆ぎりょうの未熟さはさておき、とにかく日の丸の下に戦わねばならぬ、自分の重責を、あなたへの思い深まるに連れて、深く自覚自責するものがありました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
己れの勝に乗って、相手の技倆ぎりょうまで云々するような下品な黒子の男ではあった。が死者に対する礼——そうしたものを感じた私は、特に個人的なそんな感情まで答えることはしなかった。
撞球室の七人 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
小女こおんな一人使わない。女房の手伝いすら大して受けない。これでは仕事の伸びようはずがない。これだけの技倆ぎりょうを持ちながら、このままで小さく終わってしまうのは惜しいように思われる。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
技倆ぎりょう拙劣読むに堪えぬ新人の小説を、あれは大家の推薦だからいいのだろうと、我慢して読んでいる読者のことを考えると、気の毒になるし、私自身読者の一人として、大いに困るのである。
可能性の文学 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
この妻は当時女流作家中では最も新古今風の歌に長じた作家で、通具もその弟通光などとともに、歌風は全く御子左風といってよい。ただ撰者になるだけの技倆ぎりょうがあるかどうかは問題であった。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
自然は人々を、各々の徳につき、技倆ぎりょうにつき、不平等に作った。
即ち子を産む機能を備えた男、文学者、教師、農夫、哲学者となる技倆ぎりょうを持った女というような人が随分あるかと存じます。
産屋物語 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
蕉門も檀林も其嵐派きらんはも支麦派も用いるにかたんじたる極端の俗語を取って平気に俳句中に揷入したる蕪村の技倆ぎりょうは実に測るべからざるものあり。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
山県君は先生の技倆ぎりょうを疑って、ずかしい漢字を先生に書かして見たら、うまくはないが、かくだけは間違なく立派に書いたといって感心していた。
その技倆ぎりょうも各自最も得意とする所を採りてこれを比較せば容易に優劣を弁じがたし。国政の作にては大きく半身を描ける役者似顔絵中甚だ良きものあり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
技倆ぎりょうの上から言えば、必ずしも馬琴、京伝に譲らなかった。ただ小説を書かなかったので、世の人に知られぬのである。これはわたくし自身の判断である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それが漸々ようようとその議論を聴き、技倆ぎりょうを認め、ついに崇敬することとなりこちらから降服したという姿です
子規と和歌 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
クリストフは、シルヴァン・コーンの紹介により、また自分の技倆ぎりょうによって、多くの客間サロンから迎えられていたが、そこで彼は珍しげに、パリー婦人を観察した。
社長は自分の技倆ぎりょういささかも疑わなかった、そこには確信さえもっていた。にもかかわらずしくじった。
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
相手をいらいらさせる特種の技倆ぎりょうを持っているので、彼はことにも好きになれないのだそうである。
猿面冠者 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そういう人を惑わす技倆ぎりょうを持っているからにはいよいよ贋牧師の資格があると云ったら、鳴尾君は真面目に「ええ、神学社の寄宿舎では僕が一番讃美歌が巧いんです。」
西隣塾記 (新字新仮名) / 小山清(著)