手鞄てかばん)” の例文
来太は笑いながら手鞄てかばんを下ろし、中から一本のビールを取り出した。片町坂の家で出された二本めを抜かずにもらって来たのである。
花咲かぬリラ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
荒布革あらめがはの横長なる手鞄てかばんを膝の上に掻抱かきいだきつつ貫一の思案せるは、その宜きかたを択ぶにあらで、ともに行くをば躊躇ちゆうちよせるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
葉子はその男から離れたい一心に、手に持った手鞄てかばんと包み物とを甲板の上にほうりなげて、若者の手をやさしく振りほどこうとして見たが無益だった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
醫者いしやちひさな手鞄てかばんを一つつてふる帽子ばうしをちよつぽりいたゞいてた。手鞄てかばん勘次かんじ大事相だいじさうつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
見知越みしりごしで、乗合わした男と——いや、その男も実は、はじめて見たなどと話していると、向う側に、革の手鞄てかばんと、書もつらしい、袱紗包ふくさづつみを上に置いて、腰を掛けていた、土耳古形トルコがたの毛帽子をかぶった
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女はなおその外に、重そうに見えるかなり大きな手鞄てかばんを持っていた。
紫紺塩瀬しほぜ消金けしきん口金くちがね打ちたる手鞄てかばんを取直して、婦人はやをら起上たちあがりつ。迷惑は貫一がおもてあらはれたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
葉子の叔母は葉子から二三げん離れた所に、蜘蛛くものような白痴の子を小婢こおんなに背負わして、自分は葉子から預かった手鞄てかばん袱紗ふくさ包みとを取り落とさんばかりにぶら下げたまま
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
片方の手に手鞄てかばんと細身のとう洋杖ステッキを持ち片方の手に黒いベルベットの帽子を持って帰ってゆかれるんだが、その歩きつきがまたひと足ひと足ゆっくりとみしめるようなぐあいで
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
やをら起たんと為るところを、蒲田が力に胸板むないたつかれて、一耐ひとたまりもせず仰様のけさま打僵うちこけたり。蒲田はこのひまに彼の手鞄てかばんを奪ひて、中なる書類を手信てまかせ掴出つかみだせば、狂気の如く駈寄かけよる貫一
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)