平衡へいこう)” の例文
平衡へいこうを保つために、すわやと前に飛び出した左足さそくが、仕損しそんじのあわせをすると共に、余の腰は具合よくほう三尺ほどな岩の上にりた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これも全身の姿勢に軽微な平衡へいこう破却はきゃくが必要であったのと同じ理由から理解できる。眼については、流眄りゅうべんが媚態の普通の表現である。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
むしろその拡大をおそれている。と云って正面衝突も極力避けたい。ひそかにねがうところは、源家と平家の勢力が平衡へいこうしてくれる事にある。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これを調節抑制して、社会生活の平衡へいこうを保ち得るものは、その人の教養——わけてもたしなみと打算と、想像力だけであるといっても良い。
次郎が、これまで外に求めていたものを内に求めるようになるために、甚しく心の平衡へいこうを失ったのは、むしろ当然だったといわなければはるまい。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
彼女はそこでむさぼるように、あの煙草を喫ったのだった。喫っているうちに、次第に薬の効目ききめはあらわれた、彼女は平衡へいこうな心を取りかえしたのだった。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あまり異常な幸福が近づいたために、心がその喜びをにないきれなくなって、平衡へいこうを失ってしまったのではないか。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ソレニ、コレハ多分半分以上神経ノ所業しわざダト思ウケレドモ、トキドキ体ガ急ニフラフラトシテ平衡へいこうヲ失イ、右カ左カ、ドチラカヘ倒レソウニナルヿガアル。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして二つの説得力が妙な平衡へいこう状態を保っている、つまりそのどちらにも、最後の説得力が欠けているのだ。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
目をとろんとさせて、巻たばこをふるえる指にはさんだまま、からくも平衡へいこうをたもちながら、酔いのために前後へひっぱられて、ひとつところをよろよろしているのである。
たこが傾斜けいしゃせず、頭をふらず、つねに平衡へいこうをたもっているからである、糸は最後のひとまき三百六十メートルがのびた、地面をぬくことまさに二百数十メートルの高さである
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
自然界の平衡状態イクイリプリアム試験管内しけんかんない科学的かがくてき平衡へいこうのような簡単かんたんなものではない。ただ一種の小動物だけでも、その影響えいきょうおよぶところははかり知られぬ無辺むへん幅員ふくいんをもっているであろう。
蛆の効用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
同じ芸術に従事して生活の思想にも形式にも類似の多いという事が二人の心の平衡へいこうを保って行かれる一つの原因であろう。また子供に対する愛情を斉しくしていることも一つの原因であろう。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
「いき」の質料因たる二元性としての媚態は、姿体の一元的平衡へいこうを破ることによって、異性へ向う能動性および異性を迎うる受動性を表現する。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
僕は、あやうく身体の平衡へいこうを失ってすってんころりんとするところを、タクマ少年が敏捷びんしょうに腕をつかんで引揚げてくれたので、醜態しゅうたいをさらさないですんだ。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
心の平衡へいこうはとれていない。何者かと問えば、何者か? と、同じように動揺どよめき惑うばかりだった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
天然てんねん設計せっけいによる平衡へいこうみだす前には、よほどよく考えてかからないと危険きけんなものである。
蛆の効用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
元来はせいであるべき大地だいちの一角に陥欠かんけつが起って、全体が思わず動いたが、動くは本来の性にそむくと悟って、つとめて往昔むかしの姿にもどろうとしたのを、平衡へいこうを失った機勢に制せられて
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わしはあなたをめる気は少しもない。あなたはあまりに痛ましい。困苦寂寥こんくせきりょう歳月さいげつがあなたの忍耐にんたい力を奪ってしまったのだ。あなたは心の平衡へいこうを支える勇気をくだかれてしまったのだ。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
以上は田辺氏の説であるが、要するに旋律上の「いき」は、音階の理想体の一元的平衡へいこうを打破して、変位の形で二元性を措定そていすることに存する。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
身体の平衡へいこうをとりもどすひまもない。一同は、はずみのついたボールのように、もんどりうってくらがりのやみの中へ叩きつけられたが、幸いにもそこは身体にやわらかくあたった。
時計屋敷の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
能登はやっと、相手の気位に平衡へいこうをとり得た気がして、眼をもって、ぐっと迫った。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
覚悟をした大尉の戦闘機は、何の苦もなく平衡へいこうをとりかえし、何事も無かった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)