屡々しばしば)” の例文
その後も屡々しばしば水戸へ人を派したが、水府は東湖塾を中心として混乱していて、一人の青年の行衛ゆくえなどまるで尋ねあてる由もなかった。
岩魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
それでも電話帳や紳士録に乗っている名前では何だかインテリやブルジョアじみているような気がして満足出来ない場合が屡々しばしばある。
創作人物の名前について (新字新仮名) / 夢野久作(著)
従って、屡々しばしば自分の頂戴ちょうだいする新理智派しんりちはと云い、新技巧派と云う名称の如きは、いずれも自分にとってはむしろ迷惑な貼札はりふだたるに過ぎない。
羅生門の後に (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
屡々しばしば、質問のあるものがあまりに愚なので、笑いに窒息しかけながらも、彼等が私に与えてくれた、辛棒強くも礼義に富んだ返事は
ある重大な手抜てぬかりに気づいたのだ。あの様な際に、よくもそこまで考え廻すことが出来たと、彼はあとになって屡々しばしば不思議に思った。
灰神楽 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
下宿が眼と鼻の間の所為せいか、昇は屡々しばしば文三の所へ遊びに来る。お勢が帰宅してからは、一段足繁くなって、三日にあげず遊びに来る。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
屡々しばしば、現代の浪曼作家たちは、現代小説といふものが事実らしさに制約されて飛躍した人性を描きにくいために、歴史小説に走る。
私はその時分のことは知らないが大学時代の主人が屡々しばしばそこへ行くことはたしかに見ていたし、一度などは私も一緒に連れて行ってもらった。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
現代は個人主義の時代であり、少数者の時代であるとは全ての政治家、社会主義者を問はず一様に提唱し又屡々しばしば繰返される鯨波スローガンである。
少数と多数 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
私は屡々しばしば、その頃愛読していたモオリアックの「ほのおの流れ」という小説の結末に出てくるそのかわいそうな女主人公の住んでいる
木の十字架 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
主人の中老人は、なかなかの弁舌で、昔は相当以上の身分のものらしく、文武両道の話など、五人の客も屡々しばしば受答うけこたえに困るほどです。
そして屡々しばしば自然の手は人間のそれよりももつと悪意的になることがあるのではないか。——無遠慮に掻き乱されてゐるのであつた。
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
孤独地獄にも陥ちたらんが如く苦艱くげんを受くること屡々しばしばなりなど仰せられ、御改易のことについては、些の御後悔だに見えさせられず候。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あるいは翼をもつほどならいっそ鳥と化してしまう。白鳥となって飛び立つ美しい伝説がある。また仏法には転生が屡々しばしば説かれている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
若い女性について、科学の知識は相当ある筈なのにそれが生活の中では一向活かされていない、という非難が屡々しばしば云われている。
科学の精神を (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
我輩は屡々しばしば世界の人としての日本人の覚悟に関して述ぶるところがあった。日本人は既にこの土地の上ばかりの日本人ではない。
文明史の教訓 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
でも、良吉がはたで洗濯物や乾魚を小さい行李に收めて明日の出立の用意をしかけると、辰男も書物をいて屡々しばしばその方を顧みた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
そして、そのために、屡々しばしば、事実が極端に曲げられ、或は誇張されている。且、歴史的事実の研究が、非常に不足していたこと。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
彼等の越権行為を私が屡々しばしば攻撃しているからだ。今日の記事など、実に陋劣ろうれつだ。初めは腹が立ったが、近頃はむしろ光栄を覚えるくらいだ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
この人のやしき屡々しばしば家禽かきんを何者にか盗まれる。土地の者はこれをピキシーと云う怪物の仕業だと昔から唱えていたが、講師はこれを信じなかった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
また末枯うらがれの季節になるとふもとの村々を襲って屡々しばしば民家に危害を加える狼や狐やまたは猪の隠れ家なりとして、近在の人民にはこよなく怖れられ
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
犯行については詳細な調査が遂げられたけれど、犯人が自白をしないので、屡々しばしば自白から惹出ひきだされる決定的事実というものが欠けていました。
自責 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
屡々しばしば、異様な人生が私にはある。そして、それに流されている。何かをやってみる。そして、その何かがすぐ不成功に終る。自信がなくなる。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
又タスマニアでは、したがつて又濠洲では、此の掠奪と云ふのが、屡々しばしばほんの真似事に過ぎなくなつて、男と女との間の、あらかじめの合意から行はれる。
嫁泥棒譚 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
私は自分の心の乱れからお前たちの母上を屡々しばしば泣かせたり淋しがらせたりした。またお前たちを没義道もぎどうに取りあつかった。
小さき者へ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
勿論石崎源三の家に屡々しばしば行った景岡の指紋も採られるに違いない——だが——一人として該当者がない……無い筈だ……それは足の指紋だもの。
足の裏 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
この種の技巧の例は今後もいろいろの作品をつうじて屡々しばしばでてくるが、ことに圓朝はこうした教養というか用意というか、その点が秀れている。
いよいよ淵に入る段になると、狭霧さぎりが水面を立ちめて、少しも様子が見られなかったという。娘は屡々しばしば里へお客に来た。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
茶人だとかいうことを屡々しばしばいうことですが、私が遺憾に思うのは、なんか変なことがある場合に、あれは茶人だからね、というようなことをいう。
書道と茶道 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
元来この東駿河地方は秋口から春にかけて吹きつくる沖の西風の極めて烈しい所で今でも大の男がまともに歩きかぬる風に出会ふことが屡々しばしばある。
沼津千本松原 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
そが中に屡々しばしば悪魔のごとき黒山の影の面を衝いて揺くにおどろきつ。流を左に沿ひて大河野おかのに到り、右に別れて駒鳴の宿に入るや既に深夜を過ぎたり。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
おしげはまだ富士小学校に通つてゐる頃から、よくおきよの噂を聞いたものであつた、「たむら」のきよちやんと云ふ名が屡々しばしば男たちの唇に乗つた
一の酉 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
恋愛のために個人の幸福と社会の安寧とが屡々しばしば衝突する事がある。此の時に現在の義務と云ふ観念が社会に対する個人の絶対無条件の犠牲を要求する。
恋愛と道徳 (新字旧仮名) / エレン・ケイ(著)
どころか、屡々しばしば面会に来てくれたり、外部の情勢や家族の様子をこまごま書いた手紙を送って呉れる松枝に対して、個人的な親しみをさえ感じていた。
鋳物工場 (新字新仮名) / 戸田豊子(著)
なぜだといえば、あまりにばかばかしくしかも余りに屡々しばしばわたしは同一人の芸風に足をはこんでいるからである。
ヒッポドロム (新字新仮名) / 室生犀星(著)
畢竟するに馬琴が頻りに『水滸』の聖嘆評を難詰屡々しばしばするは『水滸』を借りて自ら弁明するのではあるまいか。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
卵から出た幼虫といふ其の小さな活きものゝかよはい虫は、食物と庇護物の危険から屡々しばしば其の位置を移す——それは此の虫の世界では非常に困難な事なのだ。
道は雲仙の山脚さんきゃくが海に落ちこんでいる急峻きゅうしゅんな部分に通じているので、なり険しい絶壁の上を、屡々しばしば通らなければならぬが、そのために風致は歩々ほほ展開して行く。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
それには月々の勘定をきちんとすると云う事実があずかって力あるのは、ことわるまでもない。「岡田さんを御覧なさい」と云うことばが、屡々しばしばお上さんの口から出る。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
私は日頃折に触れては、彼の感化が自分のうちに深く染み込んでしまっているのを、屡々しばしば思い知らされます。それはもう私のからだから消すことの出来ないものです。
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
されば、雨風の烈しかった後では、途上に雨傘の破れたのが打っちゃってあるのを見る事が屡々しばしばである。
丸の内 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
僕は浴場で屡々しばしば、結婚の感触をけた。そのたびに手術室に逃げこんでいさぎよく離婚してしまった。
飛行機から墜ちるまで (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
過去の事実を屡々しばしば記憶のうちにさましているうちに、吾々は回想の中にその事実を次第に潤色し、いつかそれが本当の事実だと記憶して了うような場合も少くない。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
黄金は試金者の手を経て一層純な物になる。恐れぬがよい、勇気を落さぬやうにするがよい。最も忠実な、最も篤信な人々は、屡々しばしばこのやうな誘惑を受けるものぢや。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
これは屡々しばしば河口警部のお使いになる手で、私のは機をねらってうまく逆手に用いて成功させたのです。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「何んとも恐れ入りました。では今後は、御迷惑でも、屡々しばしば御厄介になることゝ存じます。——そのお言葉で、馬琴、世の中が急に明るくなったような気がいたします」
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
恋が屡々しばしば恐ろしい結末をもたらすものであることは、古往今来こおうこんらいその例に乏しくないが、良雄とあさ子との恋仲は、あさ子の突然な失明によって、果敢はかなくも、良雄の方から
血の盃 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
いわば非常時経済建白書で、その要所要所が、国臣既往一年間「屡々しばしば利貨を失」った経済戦線と結びつけられている点妙味がある。しかもけっしてあだにはならなかった。
志士と経済 (新字新仮名) / 服部之総(著)
“Berg des Schreckens” として屡々しばしばくりかえされた誤解であって、Sehrecken 又は Schricken は、Springen で
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
彼女が彼と屡々しばしば銀座を歩いて居る所を人々は見たのです。又、或る大政治家の息子で文学好きな青年は、度々たびたび彼女と共に劇場に姿を現わして、多くの人々をうらやましがらせました。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)