一炬いっきょ)” の例文
否、そうしている中にあらゆるものを破壊したあの恐ろしい震災がやって来た。そして長い間の人間の努力を一炬いっきょの下に焼き尽してしまった。
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
扶たちの野寺の陣は、やがて将門について押しせた郎党と土民軍の攻勢に会って、一炬いっきょの炎にされてしまい、潰走する扶たちの部下も何十人となく討たれた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼等暴民共の一炬いっきょに附されるか、或いは山寨さんさいの用に住み荒されることは火を見るように明らかである。
蝶よ花よと育てた愛女まなむすめが、堕落書生のえばになる。身代をぎ込んだ出来の好い息子が、大学卒業間際に肺病で死んで了う。蜀山しょくさんがした阿房宮が楚人そびと一炬いっきょに灰になる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そうでなくとも、また暴虐な征服者の一炬いっきょによって灰にならなくとも、自然の誤りなき化学作用はいつかは確実に現在の書物のセリュローズをぼろぼろに分解してしまうであろう。
読書の今昔 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
黄金製の幣帛へいはく、諸珍宝、什器、社殿と共にことごとく咸陽かんよう一炬いっきょに帰す。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
具足はつけているがかぶとはいただいていない。鉢巻から逆立つ乱髪は一炬いっきょほのおのように赤ッぽく見え、その大きな双眸そうぼうの光と共に、いかにも万夫不当ばんぷふとうのさむらいらしく見えた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうして極めて合法的に石山本願寺のわたしはすんだが、そのあとで、一炬いっきょ、全山の堂塔伽藍どうとうがらんと、多年の築城的門塁もんるいは、三日三晩にわたって、炎々、大坂の空に歴史の光煙こうえんを曳いて
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
男女を合わせて、侍童から厩中間うまやちゅうげんの端まで加えれば、信長の扈従こじゅう百余名はいたはずであるが、本能寺全伽藍ぜんがらん、ただ見るぐわうぐわう燃える一炬いっきょとなったときは、一箇の人影も、一声の絶叫ぜっきょうもなかった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の身そのものが、すでに一炬いっきょの炎であった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)