甘棠酒茶楼かんとうしゅちゃろうと言う赤煉瓦の茶館、惟精顕真楼いせいけんしんろうと言うやはり赤煉瓦の写真館、——その外には何も見るものはない。尤も代赭色の揚子江は目の下に並んだ瓦屋根の向うに浪だけ白じらとひらめかせている。
雑信一束 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)