恒性親王つねさがしんのう)” の例文
なお、遊義門院には、生前、恒性親王つねさがしんのうという御子があった。しかし持明院派の御母ではあり、ほかに事情もあってか、この御子は、政治的な顧慮から、後宇多の実子の列には入れられなかった。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)