“適(あ)” の例文
漬物の切り方や、盛り方などにも、自分の方が、長いあいだ気心を知っている浅井の気分に、しっくり適(あ)うところがあるように思えた。
爛 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「外国の土に善く適(あ)ふからと云つてその木をすぐ日本へ持つて来て植ゑると云ふ事は間違つてゐる。日本には日本の桜がある。」
たゞ、大きな岩が轟然たる響きとともに粉砕されるその光景のなかに、黒岩万五といふ人物をおいてみることは、彼女の好みに適(あ)つた夢である。
泉 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
そは汝の視る一切の物、永遠(とこしへ)の律法(おきて)によりて定められ、指輪はこゝにて、まさしく指に適(あ)へばなり 五五—五七
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
だから己が気に適(あ)ったのを貰やア家(うち)も治まって行くと、夫婦仲せえ宜(よ)くば宜(い)いじゃアねえか、貰ってくんろよ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
また彼等は互ひに本當に氣が適(あ)つてゐて——一度だつて喧嘩をしたり、爭つたりしたことがない。彼女はこんな仲のよい家族は何處にも知らないと云ふのであつた。
「それが今日のどんな御馳走にでもよく適(あ)うので御座いますか」と、スクルージは訊ねた。
「そやけど、乞食してるより優(ま)しやらう、元が元やよつて、丁度適(あ)つてるかも知れへん。」
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
思うさま良人(おっと)にかしずくことのままならぬをひそかにかこてるおりおりは、かつてわが国風(こくふう)に適(あ)わずと思いし継母が得意の親子(しんし)別居論のあるいは真理にあらざるやを疑うこともありしが
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
姉が馳走振に取つて呉れた新鮮な魚肉よりも、故郷の方で食べ慣れた鹽辛い鮭の方が私の口に適(あ)ひました。一年に一度づゝ年取の晩の膳についた鹽鰤(しほぶり)の味などは私には忘れられないものでした。
何も考えなしに行っている業(わざ)こそは、自然と理合(りあい)に適(あ)ってくるのである。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「ええ、そりゃ……でも、私フラフラだから、自分でもとても困るわ。お姉さんのお店へ行っていると、何だかあんな仕事が、ほんとに自分の性に適(あ)っているような気がして、この頃、結婚なんかどうでもよくなってきちゃったのよ。」
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
僕の妻ではない女の牧師補は、僕には適(あ)はない。だから、僕と一緒にはあなたは行けないでせう。
そっと輿入(こしい)れをして、そっと儀式を済ますはずであった。あながち金が惜しいばかりではない。一体が、目に立つように晴れ晴れしいことや、華(はな)やかなことが、質素(じみ)な新吉の性に適(あ)わなかった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「態度はあなたの趣味には適(あ)はないとあなたは云つたと思ふけれど?——氣障(きざ)で坊主臭(ばうづくさ)いつて?」
その女は生温(なまぬる)い土地の人気が肌に適(あ)わぬらしく見えた。
黴 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)