かろう)” の例文
それがやがてかろうじて老父の屍を葬る二代目イーベンをせき立てて宜昌から遁走させる「偉大なスローガン」の怒号と高まって来るまで
「揚子江」 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
父親が没してからまる十年、生死いきじにの海のうやつらやの高波に揺られ揺られてかろうじて泳出およぎいだした官海もやはり波風の静まる間がないことゆえ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
その葛巻は痩せる思いで令嬢にいこがれ致死量に近いカルモチンをガブガブのんでかろうじて眠りをとっている。世はままならぬものである。
青い絨毯 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
雪明りを頼りに急ぎしたためたものとみえて、荒々しい鉛筆の走書きであったが、窓際によって、私は顫えながらも、かろうじて読みとることが出来た。
寒の夜晴れ (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
実は、さきに小春を連れて、この旅館へ帰った頃に、廊下を歩行あるれたこの女が、手を取ったほど早や暗くて、座敷もかろうじて黒白あいろの分るくらいであった。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
燈台から燈台へ港から港へとかろうじて渡りつつあるのだ。何時いつ暗礁に乗上げて鯨に食べられてしまうかも知れないのである。全くらそうな事はいえないものだ。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
馬も、車も、速力をゆるめ、かろうじて、その間をくゞりぬけた。ピストルの少年が立っている自動車の窓から、ふと、面長の、やゝ、頬のこけた顔が、頸を出した。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
顔一面の髪の毛とフケの中から、かろうじて眼を開いた私は、看護婦に両手を引かれたまま、冷めたい敷石を素足で踏みつつ、生れて初めて……?……扉の外へ出た。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それから、かろうじて、フィリップ。その余は、名はなくもがなと思っている。
書く事に依ってかろうじて今日迄くちのりして参ったのであります。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
背中の手だけはかろうじてとどくけれども絶対に見ることの出来ぬ場所にものができ、構わずにおくと、一ヶ月目ぐらいにだしぬけに高熱がでて、目はくらみ、耳はうな
青い絨毯 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)